第13話 女心

 夜、バイトを終えて、泉が家に帰ってきた。

 祐樹は玄関で泉を出迎える。


「ただいま」

「おう……おかえり」


 なんだか、こうしてお帰りの挨拶を交わすというのが新鮮で、ぎこちない感じになってしまう。


「アルバイトお疲れ様」

「ありがとう。なんだか、こうして家に人がいるのって不思議な感じね」

「だな、俺もまだ慣れてない」

「焦る必要はないんだし、ゆっくりお互いに慣れていきましょ」

「そうだな」


 まだ一緒に生活を始めて、まともに話もしていないのだ。


「風呂沸かしておいたけど、入るでしょ?」

「アンタは入ったの?」

「シャワーは浴びた。夏場は暑いから、湯船にはあまり浸からない派なんだ」

「そう……ならせっかくだし、お風呂に入らせてもらうわね」


 そう言って、泉は一度寝室へ荷物を置きにいき、着替えなどを持って脱衣所へと向かっていく。


「言っとくけど、覗いたりしたら承知しないから」

「分かってるっての」


 祐樹が適当にあしらうと、泉は何やらぶつくさ言いながら脱衣所へと消えていく。

 泉の姿が消えたところで、祐樹はワイヤレスイヤホンを装着した。

 スマホで適当に音楽を流して、シャワーの音が聞こえないようにする。

 一緒に暮らすうえで、最低限の配慮だろう。


 泉がアルバイトに行っている間、祐樹はリビングを歩き回ったりソワソワと落ち着きのない時間を過ごした。

 こんなことになるなら、アルバイトのシフトを入れていればよかったと後悔する。

 とはいえ、ここが今日から祐樹の家になるのだ。

 早く泉とのルームシェア生活に慣れて、この家を落ち着ける環境にしないと、身の置き所が無くなってしまう。


 最近流行りのJPOP音楽を聴きながら、祐樹は今日一日を振り返る。

 大輔と引っ越しを手伝ってもらい、泉が同居人であることをバレずに済んだ。

 泉がアルバイトに行っている間、ずっとソワソワして落ち着かなかったこと。

 頭を冷やそうとシャワーを浴びていると、女性もののシャンプーやコンディショナーが置いてあり、余計に意識させらえてしまったり……。

 って、こんなんじゃだめだ!


 初日からこんなに混乱しててどうする⁉

 これから毎日、泉と顔を合わせることになるんだぞ⁉


「やっぱり、俺に異性とルームシェアは、荷が重すぎたのかも……」


 そんな悲観的な独り言を零して、祐樹は机に突っ伏してしまう。

 目を瞑り、心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。

 泉は今頃、風呂を満喫しているのだろう。

 祐樹がいることなど、気にもせずに……。

 泉のどっしりとした姿勢を見習いたい。

 心の持ちようの違いに余計に滅入ってしまい、祐樹は落ち込んでしまうのであった。



 ◇◇◇



 ゆさゆさと肩を揺すられて、祐樹は意識を取り戻す。

 はっと目を開いて起き上がる。

 後ろを振り返れば、寝間着姿に身を包んだ泉の姿があった。

 どうやらお風呂から上がってきたところで、バスタオルを首に巻いており、髪も湿り気を帯びている。

 祐樹はワイヤレスイヤホンを耳から外して、頭を掻く。


「悪い、寝ちゃってわ」

「こんなところで寝てたら身体痛めるわよ? ちゃんとベッドで寝たら?」

「うん……そうする」


 祐樹は泉に促され、椅子から立ち上がり、寝室へと向かおうとしたところで、ようやく寝ぼけていた思考を取り戻した。


「いや、行けるかーい!」


 思わず、一人ツッコミを入れてしまう祐樹。

 その反応を、心配そうに見つめてくる泉。


「本当に大丈夫? 疲れすぎて頭までやられちゃった?」

「そうじゃなくてっ! 寝床だよ寝床!」


 祐樹が泉を待っていた最大の理由。

 それは、寝床をどうするか問題である。

 物件を探しの時は、泉は一緒の寝床で構わないとお茶を濁しつつ言っていたけど、道徳的にはアウトなのは間違いない。

 このことについて泉と話し合うため、風呂から上がってくるのを待っていたのだ。


「ひとまず、これから二人で生活するうえで最低限のルールを決めていきたいと思うんだけど、最優先事項として、寝る場所をどうするかだな」

「えっ、アンタもベッドで寝ればいいでしょ?」

「ダメだ。これは、俺のポリシーの問題だ」


 巨乳美少女から添い寝を誘われているという、人生で最大のチャンスを不意にしようとしているのだ。

 ヘタレだと思われても仕方がないだろう。

 だがしかし、こればかりは祐樹も流されてはいけない。


「とりあえず俺はしばらく、ここに布団を敷いて寝ようと思う。泉は寝室のベッドを自由に使ってもらって構わない」

「……ヤダ」

「はい?」

「……アンタと一緒じゃなきゃ嫌」


 唇を尖らせつつ、駄々をこねる泉。

 頬がほんのりと赤みを帯びているのは、風呂から上がったばかりだからだと信じたい。


「どうしてそこまでこだわるんだ? 泉だって、一人で眠れた方が襲われる心配もなくていいだろ? 寝室なら部屋の鍵もかけられるんだから」

「……バカ」

「えっ?」

「バカって言ったのよ! もう知らない! 勝手にすれば⁉」


 泉はプルプルと身体を震わせて、憤慨してしまう。

 祐樹のことを鋭い視線で睨みつけてから、ぷぃっと視線を逸らしてそのまま寝室へと向かっていき、バタンと扉を閉めてしまった。

 一人リビングに取り残された祐樹は、呆然と立ち尽くすことしか出来ない。


「なんで怒ってるんだよ……」


 あぁもう!

 泉の女心が分からねぇ!


 初日から、前途多難な泉とのルームシェア生活。

 果たしてこれから、上手くやって行けるのか不安になってしまうのであった。


 祐樹は自己評価が低いため、泉にとって魅力的な男子であることに、当の本人は全く気づいていないのだ。

 それこそ、泉が添い寝をせがんでくるほどに……。



 一方、泉はというと――

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