第12話 夫婦みたいな挨拶

「着いたぞ」


 談笑している間に、大輔の運転する車は、無事に引っ越し先であるマンションへと到着した。

 近くの駐車場に車を駐車させて、後ろのトランクから段ボール箱を下ろして部屋へと運んでいく。

 二人で黙々と作業したおかげで、搬入作業はあっという間に終えることが出来た。

 といっても、荷物を部屋に入れだけなので、本当に大変なのはここからだろう。


「さてと……荷解きしますか」

「どれからやっていけばいい?」

「ひとまず、生活に必要な物からだな。衣服とか寝具とか」

「おっけー」


 間延びした返事をしつつ、泉が段ボール箱の荷解きを始める。


「俺も手伝うぜ」

「じゃあ、この段ボール箱をお願いしてもいいか?」

「任せろ!」


 そう言って、ぐっと親指を立てる大輔。

 本当に、祐樹は良き友に恵まれたと思う。

 てきぱきと荷解きを三人で進めていると、大輔はふと部屋の中を見渡しながら尋ねてきた。


「そういえば、ルームシェアの友達は家にいないのか? 折角なら挨拶しようと思ったんだけど」

「えっ? あ、あぁ! 今日は新しい所属先で研修らしくてな。帰りも遅くなるって言ってた」

「そっか、それなら仕方ないな」

「まあ、またの機会があったら紹介するよ」

「おうよ」


 泉は既に引っ越しを済ませており、家の装飾などで違和感を覚えられるかと不安だったものの、大輔が気づいた様子はない。

 ルームメイトが帰ってくるまでお邪魔させてもらうとか言われたらどうしようと焦ったが、その心配もなさそうで安堵する。

 まあ一つ言えるのは、大輔にルームシェア相手を紹介することは、絶対にないということだけだ。



 ◇◇◇



 荷解きは二時間もかからずに終え、あとは細かい小物などの片付けるだけとなる。


「それじゃ、俺達はそろそろお暇するよ」

「おう、今日はマジで助かった。今度なんかお礼するわ」

「お礼なんていいって! まっ、祐樹の気が済まないっていうなら、今度アイスでもおごってもらうことにするよ」

「わかった。覚えておくわ」


 こんな重労働をしてもらったのに、アイス一つでいいと言ってくれる大輔は本当にいいやつだ。


「泉も、今日は手伝ってくれてありがとな」

「平気。困ったときはお互い様でしょ」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 形式上の会話をして、二人を見送るため、大輔の車が止めてある駐車場へと向かった。


「泉はこの後家に帰るのか? 良かったら送っていくぞ?」

「平気。ちょっと寄るところあるから」

「そっか、じゃあここでお別れって事で」


 そう言って、大輔は車に乗り込み、ブォーンとエンジン音を鳴り響かせる。


「じゃ、また大学でな。後期もよろしく」

「おうよ」


 フロントガラス越しに挨拶を交わして、大輔は車を走らせていった。

 車が見えなくなるまで見送り、泉と二人きりになる。

 祐樹は、ふぅっと大きく息を吐いた。


「良かったぁ……バレずに済んだ」


 大輔がいる間、ずっと気を張っていたので、緊張を解いた瞬間一気に疲労感が襲ってきたのだ。


「お疲れ様」

「ありがと、泉が上手く立ち回ってくれたおかげで無事にバレずに引っ越しを終えることが出来たよ」

「当たり前でしょ。私の気配りを舐めないで頂戴」


 腰に手を当ててドヤ顔を浮かべる泉。

 そんな泉へ、祐樹は向き直って手を差し出す。


「改めて、今日からよろしくな」

「うん、こっちこそよろしく」


 泉と固い握手を交わしてから、お互いに微笑み合う。


「戻ろっか」


 手を離すと、泉は踵を返して後ろで手を組みながら歩き出す。


「お、おう……」


 祐樹は泉の後を追って、今日から泉と暮らす部屋へと向かう。


 ヤバい……。

 なんだか無性に緊張してきた。

 部屋が近づくにつれ、泉とルームシェアをするんだということが現実味を帯びてきて、喉が渇いてきてしまう。


「ちなみに私、この後バイトだから、夜ご飯は各自って事で」

「あっ、はい……」


 泉がサラッと言ってきたので、祐樹はすっと胸につかえていた緊張が消え失せる。

 あくまでこれは、お互い根詰めた生活を少しでも軽減するためのルームシェアに過ぎないということを、泉が改めて思い出させてくれたのだ。

 泉が異性の女の子とはいえ、祐樹に対して特別な感情を抱いたりはしていない。

 そう思ったら、少し気が楽になってきた。


「バイトが終わったら連絡してくれ。それから、色々とルールを決めよう」

「ん、分かった」


 部屋に戻るなり、泉は例のダブルベッドのある寝室からバッグを取り出してきて、出かける準備を整える。


「それじゃ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。アルバイト頑張ってね」

「んっ」


 泉は素っ気ない返事を返しつつ靴を履いて、玄関の扉を開け放った。


「それじゃ、行ってきます。鍵だけよろしく」

「分かった。いってらっしゃい」


 そんな何気ないやり取りを交わして、泉はアルバイトへと向かって行った。

 室内が静寂に包まれると、祐樹は思わず口元を手で覆い隠してしまう。


「行ってきますとか……新婚の夫婦かよ……」


 今まで一人暮らしだった時にはなかったやり取りを、異性の友達にしているという事実に、恥ずかしさが込み上げてきてしまったのである。


 とはいえ、泉は普段と変わらぬ平静な態度を取っていた。

 あの図太いメンタルが羨ましい。

 泉は何も気にしてないのだろうか?


 それはそれで、ちょっと男としては悲しいけれど、泉にとっては特に気にすることではないのだろう。

 祐樹はそれから、泉が返ってくるまでの間、ずっとソワソワする羽目になってしまうのだった。


 一方その頃、泉はというと――


「いってらっしゃい……か。えへへっ」


 祐樹と先ほど交わしたやり取りを、何度も脳内再生して、デレデレに緩み切った頬を両手で抑えながら歩いていた。


「帰ってきたら、『おかえり』って出迎えてくれるんだよね……」


 バイトで疲れ切って家に帰ると、祐樹が出迎えてくれて――


「うわっ、考えただけでヤバ……」


 自身の顔が熱くなるのを感じる。

 この為だけに、バイトも頑張って乗り切れそうだ。

 それに、今日から夜は祐樹と一緒に過ごすわけで……。


「待って……私どうすればいいの⁉」


 泉はその後、家に帰った後のことばかり考えてしまい、バイトに全然身が入らないのであった。

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