第11話 引っ越しを手伝ってくれる友人
夏休みも終わりに近づいた九月中旬。
暑さは収まり、秋虫たちの爽やかな鳴き声が響き始める頃。
祐樹はついに、引っ越し当日を迎えた。
「これで最後か?」
「おう」
今はちょうど、最後の段ボール箱を大輔の車へ運び終えたところ。
免許合宿で無事に免許を取得した大輔に、引っ越しの件を相談したら、快く快諾してくれたのだ。
おかげで引っ越し代が浮いて、祐樹としても非常に助かっている。
荷物を運び終え、もぬけの殻になった室内を、祐樹は何の気なしに見渡した。
空っぽになった部屋の中は、どこか物寂しさに包まれている。
塗装の剥がれ落ちた壁や襖の破れた穴などが、哀愁を漂わせていた。
ここには、今まで住んできた人たちの歴史が刻まれており、もう無くなってしまうのかと思うと、感慨深い気持ちがこみ上げてくる。
「半年間、お世話になりました」
気付けば、祐樹は感謝の意を込めて、空っぽになった六畳間の部屋にお辞儀をしていた。
「祐樹、荷物運び終えたぞ! って、何してるんだ?」
「いやっ……何でもない。行こうか」
部屋にお礼している姿を大輔に見られて、恥ずかしくなった祐樹は、大輔を促すようにして外廊下へと出た。
名残惜しむようにゆっくりと玄関の扉を閉じて、ガチャリと施錠する。
外階段を降りた先では、大家さんが見送りに来てくれていた。
「短い間でしたけど、お世話になりました」
祐樹はお礼を言いつつ、部屋の鍵を大家さんへと手渡した。
「こちらそこ、私の急なお願いを受け入れてくれてありがとう。迷惑をかけてしまってごめんなさいね」
「いえいえ。大家さんも、これからの人生楽しんでください」
「ありがとう。富沢君も、これからの生活を楽しんで」
「はい!」
大家さんを恨む気持ちは湧いてこない。
祐樹は、これから始まる新たな船出にワクワクしているのだから。
「おーい祐樹、そろそろ出るぞ」
「わかった」
大輔に声を掛けられ、祐樹は改めて大家さんのほうへ身体を向けて頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、祐樹君のこれからの活躍を、陰ながら応援しております」
最後の挨拶を交わして、祐樹は大輔の車の助手席に乗り込んだ。
シートベルトを締めてから、窓を開けて大家さんへ声を掛ける。
「お世話になりました!」
「こちらこそ。これからも頑張ってね」
「はい!」
大輔がアクセルを踏み込み、車がゆっくりと走り出す。
大家さんに見送られながら、祐樹は半年間お世話になったアパートを後にした。
「いい大家さんじゃない」
「うん。だから立ち退きだったとしても、俺は大家さんのことを恨むことはできないよ」
「そっか」
名残惜しさを覚えつつ、新しい家となるマンションへと車を走らせていく。
「んで、どうして泉がいるんだ?」
とそこで、祐樹へ大家さんの話題を振ってきた泉へと声を掛ける。
泉は当然のように後部座席に座っていて、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「荷解きするのに、人手は多い方がいいでしょ?」
「そりゃ、手伝ってくれるのはありがたいんだけどさ……」
「何よ? 文句でもあるわけ? それとも、私に見られたらまずいものでもあるのかしら?」
「そ、そんなわけないだろ!!」
大輔によれば、祐樹の引っ越しの話をしたら、手伝いを買って出てくれたとのこと。
だが実のところ、これは祐樹が考えた作戦なのだ。
泉に引っ越し作業を手伝ってもらう事により、祐樹のルームシェア相手が泉だと大輔に気付かれぬようにするためである。
今の所、大輔は全く気づいていない様子。
祐樹が考えた作戦は、計画通り進んでいた。
「にしてもまさか、祐樹がルームシェアとは驚いたぜ」
そんなことはつゆ知らず、大輔が何の気なしにそんな感想を口にする。
「まあな。向こうも丁度こっちに転勤するとかで、引っ越し場所探していたらしくてな、都内は家賃が高いから、一緒に住もうぜって事になったんだよ」
一応、大輔には仕事の転勤で上京してくる高校の同級生と一緒にルームシェアを始めるという設定になっている。
「にしても、調べたけど立派なマンションだよな。結構家賃高いんじゃねぇの?」
「まあそれなりには。でもまあ、光熱費込みだから、生活できないほどではないよ」
正直、支払い額が月一万円以上高くなるのは、祐樹の経済事情的には痛い出費ではある。
けれど、後部座席に座りながら呑気に話を聞いている泉と一緒に暮らすのだ。
異性の女の子と一緒に暮らす迷惑料を考えれば、一万円くらい造作もない金額だと思えてくるから不思議である。
「そういえば、同居人ってどんな人なんだ?」
すると、大輔がルームシェア相手について尋ねてくる。
「まあ、そうだな……気の合ういい奴だよ」
祐樹は抽象的なことを言ってその場をごまかす。
「ふぅーん。そっか」
大輔は、祐樹の一言で納得したらしく、それ以上は何も言ってこなかった。
祐樹は、ほっと胸を撫でおろす。
まさか、ルームシェア相手が今まさに後部座席に座っている女の子だとは、夢にも思っていないだろう……。
「にしてもまあ、祐樹に俺以外の男友達がいて良かったよ」
「へっ?」
唐突に大輔にそう言われて、祐樹は素っ頓狂な声をあげてしまう。
「だって、夏休みとか俺とばかり遊んでたから、他に仲のいい友達いないのかと思って心配してたんだぞ?」
「なんだよそれ、それじゃあまるで俺がボッチの寂しい奴みたいな感じじゃねーか」
「でも実際、夏休み中、俺以外の奴と遊んでないだろ?」
「……遊んでないな」
「やっぱりな」
「仕方ねぇだろ。地元の友達は帰省しないと会えないし、大学の連中で頼れる奴ってなると、お前くらいしかいねぇんだよ」
「それもそうか。まっ、でもよかったじゃねぇか。高校の同級生がこっちに来てくれてよ」
「……そうだな」
相槌を打つものの、祐樹の地元の友達は、
だって実際は、後部座席に座っている泉とのルームシェアなのだから。
なんだか、大輔に嘘をついているのが心苦しくなってくる。
「そう言えばさ、もうすぐ夏休み終わるけど――」
祐樹は出来るだけ当たり障りのないトークデッキを取り出して、その場を誤魔化すことにする。
内心ハラハラドキドキで、早く引っ越し作業が終わって欲しいと願うばかりであった。
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