第10話 引っ越し方法

 泉と物件を探し終えた帰り道。

 祐樹はもう一つの問題に頭を抱えていた。

 それは……


「引っ越し代、どうしよう……」


 という悩みだった。

 これから引っ越し日まで死ぬ気でバイトをすれば、貯められなくもないが、生活が火の車になるのは目に見えている。


「泉は引っ越しは業者に頼むのか?」


 困ったときは同じ仲間に聞いてみる。


「いや、私は青葉あおばに車出してらう予定」


「青葉ちゃんって、免許持ってたのか⁉」

「あの子、推薦で早めに合格決まってたから、卒業前に免許取ったらしいわよ」

「なるほど……羨ましい」


 青葉ちゃんとは、同じ経済学部の友達で、よく一緒に授業を受けている仲間の一人。

 小柄で童顔な顔立ちだから、勝手に免許を持っていないと思い込んでいたので意外だった。

 泉のように、免許を持っている人に引っ越しを手伝ってもらうというのはありかもしれない。

 祐樹の頭の中にはなかった発想だ。


「でも、青葉ちゃんに車出して手伝ってもらうのはいいとして、引っ越す理由はどう説明するんだ?」

「そんなの、高校の同級生とルームシェアすることになったとか言って、適当に理由付けできるでしょ」

「そんな上手く行くかぁ?」


 男女の部屋では、家の中にある物の色合いがだいぶ違う。

 もしも青葉ちゃんに男物の何かを見られて疑われるような事があれば、それそこ泉の倫理観を疑われかねない。


「とにかく、バレないように引っ越すから安心して! それから、アンタも誰かに頼むなら、早めに免許持っている人に頼んでおいた方が良いわよ」

 

 確かに、誰かに引っ越しを手伝ってもらうとなれば、事前に免許を持っている友人に車を出してもらわなければならないため、早めに約束を取り付けた方がいいだろう。

 よくよく考えて見れば、荷物を運ぶのも手伝ってもらえて、引っ越し代も浮くので一石二鳥だ。

 何人か心当たりがあるので、今度手伝ってもらえるかどうか聞いてみよう。

 あとは、引っ越しする際に、変な詮索をされないことを願うばかりだが……。


 ピコン。


 とそこで、スマホの通知が鳴り響く。

 ポケットからスマホ取り出して、画面を見た途端、祐樹は青ざめた。


「どうしたの?」

「ヤバイ、バイトのシフトだった……」



 既にバイトのシフト時間から10分経過している。

 今の通知は、店長からで、『富沢君、気づき次第連絡をください』とメッセージが送られてきたのだ。 

 ここからダッシュで向かえば、10分かからずバイト先に向かうことが出来るだろうか?

 いや、まずは店長に返信を返すことが先決で……。

 と、頭が真っ白になる祐樹の肩にポンっと手が置かれる。

 振り返れば、泉がしゃきっとした視線を向けてきていた。


「ほら、私のことはいいから。まずは店長さんに事情を説明して、急いでアルバイトに向かいなさい」


 祐樹が次にすべき行動を的確に指示してくれる泉。

 おかげで、すっと冷静になることが出来た。


「悪い泉、ありがとう」

「お礼なんていらないから、早く行ってきなさい!」


 泉に背中を押されて、祐樹は一歩前へと歩みを進める。

 振り返ると、泉は軽く手を上げて手を振っていた。


「いってらっしゃい、頑張ってね」

「おう、サンキュ。悪いな、色々話したい事はまた後日って事で」

「うん」

「じゃ、何がともあれ、これから色々とよろしく頼むわ。それじゃ!」


 祐樹がそう言うと、バイト先へと向かって全力ダッシュでかけ出した。

 その走り去っていく後ろ姿を眺めながら――


「もう……おっちょこちょいなんだから……でもそう言う所も……」


 と、泉はボソっと独り言をつぶやいた。

 頬を朱色に染めて、嬉しそうに微笑みながら……。



 こうして祐樹と泉は、毎日節約のために大学へと通い、バイト漬けの日々を過ごし、そしてついに……ルームシェア生活当日を迎えたのであった。

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