第9話 そこ妥協するの⁉

「こちらの物件、寝室はダブルベッド備え付きなんです! さらに、防音設備を完備しておりますので、夜の時間もたっぷりとお楽しみいただけると思いますよ♪ 何をしても問題ありません!」


 なんてことを進めてくるんだこの人は⁉

 そもそも泉とはルームシェアをするだけで、そう言う事をする予定は一切ございません!

 完全にカップルでの同棲と勘違いされてしまい、お姉さんは目を血走らせて尋ねてくる。


「どうでしょう? お二人はお似合いのカップルですし、ピッタリの物件だと思いますよ?」


 鼻息を荒くして、興奮気味に力説してくるお姉さん。

 なるほど、つまりここはカップルにピッタリの部屋で、そう言う事がしやすい設計になっているのだ。

 だから必然的に、風呂も二人で入れる広さなのだろう。

 魅力的な部分は多いとはいえ、寝室がこれでは祐樹にはハードルが高すぎる。


「泉、流石にここはまずっ――」

「ここにします!」


 祐樹が同意を求めようとしたところで、泉は不動産のお姉さんの手を取り、二つ返事で首を縦に振っていた。


「おい、待て待て待て!」


 慌てて祐樹は待ったをかけて泉をお姉さんから引き離す。

 一度お姉さんの元を離れ、泉の手を引いてリビングへと向かった。


「ちょ、なにするのよ⁉」

「それはこっちのセリフだ。俺の意見も聞かずに何即決しようとしてんの⁉」

「だって、お風呂とか凄い広々としてて素敵じゃない。それに、家賃だって七万五千円よ? これ以上の物件、他にないと思うわ」

「確かにそれはそうだけど。あの寝室はダメだろ……」


 いくら何でも、付き合ってもないルームシェアをするだけの異性の男女が、同じベッドで寝るわけにはいかない。


「……祐樹は私と寝るの嫌?」


 すると、目を潤わせながら、泉が甘えたような視線を向けてくる。


「えっ……」


 その問いかけに、祐樹は面食らってしまう。

 ちょっと待って、泉は一緒に寝てもいいと思ってるって事⁉


 ~~~



 月明り照らす寝室、同じベッドに横たわる二人。

 泉のノースリーブのシャツ一枚という格好で、胸元が大胆に開いてしまっている。


「祐樹……ギューしよ?」


 隣に寝転がりながら甘えた声を上げ、泉は可愛らしいことを言ってくる。

 祐樹は泉の要望に応えるようにして、彼女の華奢な身体を抱き締めた。


「えへへっ……祐樹のいい匂いがする」

「や、やめろっての……」


 泉は祐樹の胸元へ顔を埋めてスリスリしてくる。


「ねぇ……チューしよ?」


 胸元から顔を離したかと思いきや、祐樹を上目遣いに見つめて、キスを求めてくる泉。


「あぁ、いいぞ」


 祐樹は覚悟を決めて、泉のそのプルっとした唇へと自身の唇を近づけていき――


 ~~~


 って、何考えてるんだ⁉

 泉とベッドでお戯れする妄想をしてしまい、我に返った祐樹は思い切り首を横に振って煩悩を振り払う。

 祐樹の反応を見て何かを察知した泉は、自身の胸元を抱きながらぽっと頬を赤く染めた。


「か、勘違いしないでよね! 私は別に、アンタと一緒に寝たいとか、そう言う意味で言ったんじゃないから! アンタも雑魚寝は嫌だろうし、寝床ぐらいは妥協してあげようって言ってるだけなんだからね⁉」

「いや、むしろそこ一番妥協しちゃダメじゃね?」

「なっ、なによ……。文句あるワケ?」


 泉も引くに引けなくなっているのか、鋭い眼光を向けてくる。

 脳内で妄想を繰り広げてしまった祐樹は何も言い返せず、唇を引き結んで黙り込むことしか出来ない。


「ちなみに、昨日もこちらの物件を内見されたお客様がいらっしゃいまして、埋まってしまうのは時間の問題かと……」


 お姉さんが巧妙に急き立ててきた。

 ここで即決しないと、この物件はもう他の人に契約されてしまうということだ。

 泉が祐樹へ早く決めろと、眼光を飛ばしてくる

 

 ぐぬぬ……。

 一体どうすれば……。


 助けを求めるようにして、祐樹は不動産のお姉さんへと視線を向ける。

 しかし、不動産屋のお姉さんは笑みを浮かべつつも目が全く笑っていなかった。

『男ならはよ覚悟決めろやボケ』と、無言の圧をひしひしと感じる。

 どうやら、この場において祐樹の味方はいない様子。

 二人の圧についに耐えきれなくなり、祐樹は大きくため息を吐いた。


「分かったよ。ここにしよう」

「ほんとに? やったぁ!」


 祐樹が折れると、泉が嬉しそうに飛び跳ねた。


「畏まりました。そう致しましたら、こちらの物件で契約という形でよろしいでしょうか?」

「はい! よろしくお願いします!」


 意気揚々とした声で返事を返す泉。

 圧に押し負け、流されて物件を決めてしまった……。


 無事に新しい住処が決まったのは良かったが、本当に良かったのだろうか?

 今さらだけど、色々とヤバい気がするんだけど……。


 だが、既に泉とお姉さんは今後の取り決めについて話し合いを始めており、やっぱりなしにしますと言える雰囲気ではない。

 こうして、色々まずいことが起きそうな香りがプンプンと漂ったまま、泉とルームシェアする物件が決定したのであった。

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