第15話 優男祐樹

 コニュニティ―スペースの一角に座っていた祐樹は、黙々とレポート課題に取り組んでいた。

 声を掛けようと、泉が近寄っていった時、机の上に置いてあったスマホ画面が明るくなり、画面が見えてしまう。

 そこに写っていたのは、白髪の老夫婦の写真だった。

 スマホに通知が来たことを確認するように、祐樹が手に取る。

 するとそこで、泉の存在にも気が付き、祐樹はいつもと変わらぬ笑みを湛えてきた。


「おう泉。こんな時間までどうしたんだ?」

「……いやっ、その……スマホの画面を見ちゃって」

「ん? あぁ、これ? 俺のじいちゃんとばあちゃんだよ」


 そう言って、泉が盗み見てしまったことなど気にした様子もなく、祐樹はスマホのロック画面を再び見せてきてくれる。

 笑顔に微笑む老夫婦は、とても幸せそうだった。


「どうしてその写真を設定してるの?」

「まあ……俺を今まで育ててくれた親みたいなものだから」

「……そう、なんだ」

「あっ、別に同情なんていらないぜ。俺は生んでくれた親にも感謝してるし、高校卒業まで育ててくれたじいちゃんとばあちゃんにも感謝してるんだ。だから、じいちゃんとばあちゃんにこれ以上迷惑はかけられないってわけ」


 恥ずかしそうにはにかむ祐樹は、さらっと自身の目標を軽々しく言って見せる。

 泉はその時、自分の愚かさに幻滅した。

 祐樹が金欠で困り果てている姿を見てやろうとか、そんなしょうもない事を考えていたのだから。

 泉自身、あまり恵まれた環境でないことは理解している。

 だからこそ、祐樹の親に対する思いやりには頭が上がらない。


「どうして……どうして、そこまで出来るの?」


 気づけば、泉は祐樹にそう尋ねていた。

 そして、彼は当たり前のように言うのだ。


「そりゃだって、大人になるまで育ててくれただけでも、感謝しかないだろ?」


 と。

 あぁ、この人は根から優しい人なんだ。

 普段はひけらかしたような態度を取っているけど、根底にあるのは優しさと思いやり。

 恨みや妬みなど一切なく、純粋に生きているのだと……。


「アンタ、ほんとお人よしにも程があるでしょ」


 気づけば、泉は祐樹に向かってそんなことを口走っていた。

 これでは、印象が悪いと思ったけれど、祐樹はそんな泉の様子も気にせずに微笑む。


「まあ、それぐらいしか取り柄がないからね」


 いや、普通の人はそんな事出来ないんだって。

 そのツッコミは、心の中に秘めておく。

 祐樹の新たな一面を知った時、初対面のことを思い出した。


「普通じゃできないようなことに色々チャレンジしてほしい」


 もっと、祐樹に報われて欲しい。

 泉の中に湧き上がったのは、そんなちっぽけな目標。

 だけど、祐樹のこれからを、少しでも何かしらの形で手助けできれば……。

 きっと、泉自身も変わることが出来る気がしたのだ。


 とんだお節介なことは十分理解している。

 それでも、祐樹のことをもっとそばで見ていたい。

 気づけば、そんな感情が生まれていて、日々を重ねるごとに、段々と大木になっていき……。

 祐樹のことを、異性として意識するようにまでなってしまったのだ・


 ~~~~~~~~


「はぁ……やっぱり、ルームシェアしようなんて、祐樹にとっては迷惑でしかなかったのかなぁ……」


 仰向けになって寝転がり、真っ暗な天井を見つめながら、泉はそんな独り言を漏らしてしまう。

 弱気になっていることに気付き、泉はぶんぶんと首を横に振る。


「私のバカ……! アイツが優男なのは元から分かってたこと! ここから、ゆっくりお互いの理解を深めて行けばいいのよ!」


 自分自身にそう言い聞かせて、泉は再びベッドに横たわる。

 視線を横に向け、壁一枚を隔てた先にいるであろう祐樹のことを思う。


「もう寝ちゃったよね……」


 やはり、一緒に生活してるのに、同じ部屋で眠らないのは、ちょっぴり寂しい。

 そんな気持ちを抱えつつ、密の濃い初日を終えるのであった。


 翌朝、すぐさまハプニングが起こることも知らずに……。

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