第5話 二人きりで話したい

 泉とルームシェアを始めることが決定した翌日。

 祐樹はいつもと変わることなく、大学のコミュニティールームを訪れていた。


「なぁ、祐樹ゆうき

「ん? どうした大輔だいすけ?」

「大学生にとってバカンスともいえる夏休みだってのに、どうして俺達はわざわざ大学に来てゲームなんかしてるんだ?」

「そりゃ、一人でゲームするより、二人の方が楽しいからだろ」

「それなら、オンラインでよくね?」

「俺の家にネット環境ないの知ってるだろ? ってか、そもそもスウィッチを持ってない」

「あぁ、そっか。それじゃあどうして、わざわざ俺を大学に呼び出すわけ? 俺の家でよくない?」

「お前の家までの交通費の出費がでかい。大学なら定期券使ってタダで来れるし、冷房も効いてる上に設備も使い放題。効率的だろ?」

「祐樹にとってはそうかもしれないけど、俺にとってはゲームをするためだけに猛暑の中わざわざ大学に呼び出されるっていうデメリットしかないんだけど」


 納得しかねるといった様子で眉をひそめる金髪男子の名前は、黒松大輔くろまつだいすけ

 祐樹と同じ経済学部の一年生。

 大輔は、夏休みに入って髪を染め、金髪デビューを果たした。

 外見は目立つものの、実の所根は真面目だったりする。


 黒松曰く、「夏だから羽目を外す」「黒松なのに金髪ってのが斬新だろ」という二つの理由で髪を金色に染めたらしい。

 そんな金髪黒松と一緒に、大学のコミュニティースペースで仲良く某スマッシュ対戦ゲームをプレイしていた。


 大学は長期休暇期間中でも、学生が使用する施設は基本的に解放されている。

 夏休み中は学生が少ないので、四人掛けのソファー席を二人で優雅に独占していた。


 経済的に厳しい祐樹のような一人暮らしの大学生にとって、大学内の施設はまさにパラダイス。

 WiFiは無料で繋ぎ放題。

 室内は常時冷房完備。

 各テーブルコンセント付きで、スマホやパソコンの充電もし放題。

 もちろん、電気代もかからない。


 懐事情が苦しい祐樹にとって、天国のような環境が揃っているのだ。

 家でのんびりしてるより効率が良く、大学へ来ないメリットがない。


「まあ今日は俺も暇だったからいいけどよ、流石に毎日は付き合えないぞ? 俺にだって予定だってあるし」

「例えば?」

「バイトだろ、それに彼女と免許合宿行くだろ? 彼女と映画を観に行って、夏祭りに行かなきゃ――」

「彼女持ちが……死ね!」

「なんで⁉」


 実は黒松、祐樹と違い彼女持ちのリア充。

 華の大学生活を絶賛謳歌中なのだ。

 祐樹が思わず毒吐くと、黒松がじとっとした視線を送ってくる。


ひがむ暇があるなら、お前も彼女作ればいいじゃねぇか」

「うるせぇな。俺だって作れるなら彼女欲しいっての」

 

 祐樹だって、本当なら可愛い彼女を作り、充実した大学生ライフを送りたい。

 けれど今の祐樹には、彼女を作っている暇などないのだ。

 理由はもちろん、経済的な問題が大きい。

 仮に彼女が出来たら、デート代やら諸々で出費が掛かってくる。

 出来るだけ経済的負担を軽減したい祐樹にとって、愛よりお金の方が優先なのだ。

 ろくなデートやプレゼントも用意できず、彼女に愛想を尽かされてしまうのが目に見えているからな。

 祐樹にとって今は、お金≧愛で、釣り合いが取れないのだ。


「とか言って、実は陰でこっそり彼女作ってたりするんだろ?」

「……そんな暇ねぇっての」

「とりゃ」

「うわっ、め技はずりーだろ⁉」


 一瞬言葉に詰まった隙に、動揺が現れて操作がおぼつかなくなり、祐樹は大輔に嵌め技を食らってしまう。

 祐樹が一瞬言葉に詰まってしまったのはもちろん、昨日突如として決まった泉とのルームシェアのことが頭によぎったから。

 彼女ではないものの、大輔も知人である泉と半ば同棲まがいのことを始めるのだ。

 隠し事をするのは好きではないが、こればかりはいくら友人の大輔とはいえ、話すことは出来ない。

 そんな事を考えていると、大輔に必殺技を見事に決められてしまい、祐樹が使っているキャラクターはあっけなく場外へと飛んでいきKOされてしまう。


「やーりぃ!」

「かぁーっ、負けだ負けだ」


 ガッツポーズをする大輔に対して、祐樹はコントローラーを放り投げて机に突っ伏した。


「祐樹もまだまだだな、俺は実力の5割も出してないぜ?」

「煽りか? あ”ぁ?」

「煽りじゃない。事実を言ってるだけだ」

「そっちの方がムカツクわ! もう一戦だゴラァ!」


 大輔の術中にまんまと嵌り、祐樹は再戦を申し込む。


「まーた大学でゲームしてる」


 すると、呆れた様子で声をかけてくる泉が、かつかつとヒールを鳴らしながらこちらへ向かってくる

 祐樹がビクっと身体を震わせている間に、大輔が気の抜けた声で挨拶を交わす。


「よっ、泉。お前も相変わらず暇人か?」

「うっさいわね。アンタと同じにしないでくれる? 私はバイトの時間まで暇だったから、大学に寄っただけよ」


 そう言って、泉はため息交じりに吐息を吐くと、祐樹に奥へ詰めるようジェスチャーをしてくる。


「おはよ」

「おう、おはよう……」


 素っ気ない挨拶を交わす泉。


 あれれ……?

 昨日のしおらしさは何処へ?

 泉は普段のツンツンモードへと戻ってしまっており、必死に懇願してきた昨日の面影はかけらもなかった。

 今日は、胸元にTと文字が入った白シャツに、薄緑色の薄手のカーディガンを羽織っている。

 相変わらず胸元はパツンパツンで、Tの文字がにょいっと膨張していた。


「泉もやるか? 大乱戦」

「やらない。見てるだけでいい」


 大輔の誘いを断り、泉は祐樹の隣へ腰掛けると、鞄の中から取り出した文庫本を読み始めてしまう。

 昨日とは違うタイトルの文庫本。

 だが背表紙には、大学の押印が押されていた。

 どうやら、また新たな本を図書室で借りて来たらしい。


「祐樹、とっととキャラ選択してくれ」

「おぉ、悪い」


 大輔に促され、祐樹は再びゲーム画面へと視線を移す。

 キャラを選択し終えて、対戦が始まるのを待っていると、不意に泉が祐樹の袖口を掴んできた。

 視線を向ければ、泉がこっそりとこちらへスマホの画面を向けてきていて、そこには――


『この後、ちょっと時間取れる? 二人きりで話したいことがあるんだけど』


 と書かれていた。

 急にしおらしさ全開の泉。

 不安げな上目遣いで祐樹を見つめてくる姿を見て、祐樹は思わず生唾を呑み込んでしまう。

 祐樹はちらりと大輔が見ていないことを確認してから、こくりと首を縦に振った。

 すると、泉はふっと口角を上げ、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 その笑顔が綺麗で、つい見とれてしまいそうになってしまう。


 Fight!


 直後、ゲーム画面から対戦開始のボイスが聞こえてきて、祐樹はゲームへと意識を戻した。

 

 恐らく話したい事っていうのは、ルームシェアの件だろう。

 それ以外、泉から個人的に話したい用件などは無いはず……。

 とはいえ、女の子から二人きりで話したいと言われて、そわそわしてしまうのは男の性というものだろう。

 祐樹はこの後、全くゲームに集中出来ず、大輔にボコされ続けるのであった。

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