第6話 譲れない条件
大輔がゲームで祐樹を圧倒して、満足げに帰宅した後、二人は隣同士で座り、泉がリストアップした物件の候補を見比べ、どこがいいかを吟味していた。
あぁ知ってましたよ!
物件の話だろうなってことぐらい!
もしかしたら、二人でこれからデートするのかなって少しでも期待したのが馬鹿でした!
少しでも浮き足立った自分を殴りたい症状に駆られる中、泉が祐樹の服の袖をくいくいっと引っ張ってくる。
「ねぇねぇ、これとこっちだったら、祐樹はどっちがいいと思う?」
泉はスマホの画面をスライドさせて、ルームシェア用の賃貸物件を見せてくる。
祐樹は画面に表示されている物件の内容を確認して、うーんと唸り声を上げた。
「こっちが1LDKで駅から徒歩十分の家賃十万五千万円。こっちが2DKで駅から徒歩二十分の家賃九万円かぁ……」
正直、どちらも魅力的な物件だけど、あと一押しに欠けている。
「まあでも私達の場合、駅近を選ぶというより、大学から近い方がいいんじゃない? 歩いて行ける距離なら、定期代も浮かすことができるし」
「確かに……そう考えるとこっちの方が物件としてはいいのか?」
祐樹が指さしたのは、泉が提案してくれた2DKのマンションの方。
大学からは歩いて十五分ほどの位置にあり、近くにはスーパーやコンビニも揃っている。
築年数三十年と、それなりに経っているものの、オートロック付きで二階の角部屋だ。
家賃は二人で割り勘すれば四万五千円。
礼金、水道代・電気代諸々入れると、次月五万円ちょいといったところだろうか?
「これなら、お互い五万円ずつ払って、余った分は食費に回すって感じにできるでしょ?」
「確かに、でもうーん……五万円かぁ」
祐樹は思わず、渋い表情を作ってしまう。
「今までよりも二万円近く増えるとなると、バイトを増やさないとなぁ……」
「悪くない条件だと思うけれど? まあでも、私毎日湯船に浸かりたい派だから、本当は水道代込の方がいいんだけどね」
「随分私欲な理由だな……。湯船ぐらい我慢してくれよ」
「無理。私から湯船を無くしたら人生の半分損してるのと同じ」
どうやら、泉にとって風呂に浸かるのは絶対に譲れない条件らしい。
「ちなみに、今の家の家賃はどれくらいなんだ?」
「今のところはワンルームの家賃三万五千円で、光熱費諸々込みで大体五万五千円くらいかな」
「つまり、泉は金銭的負担はあまり変わらないってことか」
「そうなるわね」
まあでも、四万五千円で全て済むなら、多少予算オーバーでも、頑張ればなんとかなるか?
「一旦、ここを第一候補に置くとして、他にいいところないか探してみるわ」
そう言って、祐樹はスマートフォンを取り出して、良い物件が他にないか調べ始める。
「先に言っておくけど、事故物件とかはなしよ?」
「分かってるって!」
泉に念を押されつつ、祐樹は目ぼしい物件を探していく。
「おっ、こことかどうだ? 2Kのバルコニー付き、家賃礼金込みで6万円だってよ」
祐樹はスマートフォンに表示されている間取り図を泉に見せる。
「へぇー。結構広いじゃない。バストイレも別だし」
結構好印象な様子で画面を見つめていた泉だが、急に表情が険しくなった。
「待って、でもこれ、片方畳部屋じゃん」
「畳の方は俺でいいよ。今借りてるアパートも畳部屋だし」
「ってかこれ、フローリングの部屋通らないと畳部屋行けなくない?」
間取り図を見て、致命的な点を泉が指摘する。
「……お、お邪魔します」
「お邪魔しますじゃないでしょうが! 女の子の部屋毎回通って自分の部屋行く男子とか聞いたことないわよ!」
「うっ、だよな」
「全くもう……」
呆れた様子で腕を組む泉。
「やっぱり、物件探しって難しい」
「そうね。それに、実際見学しに行ったら、写真で見た時より雰囲気が全然違うなんてこともざらにあるから、慎重に選ばないと」
「だな……」
実際、祐樹が大学入学時に物件を見学した際、1DKと書いてあったにもかかわらず、ダイニングに収納スペースがないみたいな部屋もあったりした(経験則)。
「ひとまず、さっき2DKの物件に一緒に見学行くってことでいい?」
「あぁ、それでいいぞ」
「なら、早速内見の手続きをしちゃいましょう」
そう言って、泉はスマートフォンをささっと操作して、内見の予約を済ませてしまう。
着々と物事が進んでいく中、祐樹はふと疑問に思う。
「なぁ、泉」
「ん、なによ?」
「本当に俺なんかと一緒にルームシェアなんていいのか?」
昨日、祐樹は泉の提案を呑んだが、改めて一日たって冷静に考えると、大学生の異性の男女が一つ屋根の下で暮らすというのは、いろいろとまずい気がする。
「何よ……今さら怖気づいたわけ?」
「いや、そうじゃなくて。改めて冷静になって考えてみるとさ、異性同士でルームシェアって色々と弊害が多いと思うんだ」
「それは、多少の弊害はあると思うけど、昨日も言ったでしょ? 私は別にアンタとなら構わないって」
祐樹に対して向けられた泉の視線は真剣そのもので、冗談で言っているようには感じられない。
この泉の祐樹に対する信頼は、一体どこから来ているのだろうか?
逆に言えば、泉から男として見られていないというもどかしさも祐樹の中にはあった。
「俺ってそんなに魅力ないかな?」
だからだろうか、自然とそんな独り言を零してしまう。
はっと我に返り、祐樹は視線を下に落とした。
『魅力? アンタ、そんなこと思ってたの? きっしょ』
そんな酷い言葉が返ってくるかと思い、ビクビクしながら怯えていたが、泉からの反応はない。
疑問に思って顔を上げてみると、泉は顔を紅潮させ、視線を彷徨わせていた。
「べ、別にそんなことはないけど……むしろ私はあんたのことが……」
「えっ? なんて?」
「なっ、何でもない! ほら、そんなどうでもいいこと考えてないで、さっさと不動産屋に行く予定日決めるわよ! いつなら空いてる⁉」
動揺を隠しつつ、泉は話題を変えるようにして空いている日時を尋ねてくる。
「え? あぁ……、来週の昼間なら今のところいつでも空いてるけど」
こうして、泉と一緒に目星をつけた物件を数件見て回る日程を取り決め、この日は解散となった。
にしても、泉のあの反応……。
気のせいだよね?
大丈夫だよな?
一抹の不安を覚えつつ、内見当日を迎えるのであった。
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