第3話 あんたなら……いいよ?

「はい……?」


 泉の口から放たれた言葉は、祐樹の予想をはるかに超えたものだった。

 言葉の意味を頭の中で理解しきれず、祐樹はぽかんと口を開いたまま首を傾げることしか出来ない。

 一方の泉は、ぽっと顔を赤らめつつ話を続ける。


「実は私もさ、最近生活ヤバいんだよね。家賃もなんとか払ってる感じで、正直このままの生活続けてたら底尽きちゃうんよ。だから、誰かとルームシェア出来ればいいなって思ってたんだよね」

「は、はぁ……」


 泉は近況を述べてくれるものの、祐樹は未だに状況が呑み込めずに、無機質な頷きを返すことしか出来ない。


「か、勘違いしないでよね! ただ私は、一人暮らし同士、金銭的余裕がないだろうから、一緒に節約のためにルームシェアをしようって提案しているだけで、それ以外他に意図があるわけじゃないんだから」


 腕を組み、まるでツンデレみたいなセリフを吐き捨てる泉。

 祐樹は、そこでようやく、泉からルームシェアに誘われているという状況を把握した。


「いやいやいや待て! それは色々とまずいだろ! いくら俺達友達だからって、異性の男女がルームシェアなんて!」

「で、でも、アンタも金銭的余裕ないんでしょ? 私も根詰めてるし、二人でルームシェアすれば、色々と節約できる部分もあると思うの」

「確かにそうかもしれないけど! 俺なんかより、普通に同姓の友達とルームシェアすればいい話だろ……」

「私だって、それが叶うならそうしたいわよ。でも、大学の知り合いで一人暮らしの仲いい子なんていないし。地元の友達でこっちに上京してきている子もいないから、アンタくらいしか思い当たる伝手がいないのよ」

「だとしても、流石にルームシェアは世間的にまずいだろ……」

「別に、バレなきゃいい話でしょ?」

「そりゃまあ、そうだけど……。じゃなくて! ほら、色々と責任が取れないといいますか……」


 祐樹も泉も互いに良識ある学生ではあるものの、互いに多感な年頃であることに変わりはない。

 18歳で成人しているとはいえ、年頃の若い男女同士が一つ屋根の下でルームシェア。

 何も起こらないという保証はない。

 万が一という可能性だって否定はできないのだ。


「私は、いいよ」

「えっ……?」

「だから、私はあんたとなら、その責任とかもろもろ、一緒に背負う覚悟は出来てるというか……」


 顔を赤らめつつ、泉の口から飛び出した衝撃発言に、祐樹は再び言葉を失ってしまう。

 まだ出会って半年も満たないただの異性の友達だというのに、どうして泉はそこまで祐樹のことを信頼することが出来るのだろうか。

 いや、これ以上深く聞くのはまずい気がする。

 ただでさえ泉は、美人でスタイルも良くて、男子からも人気のある優良物件。

 そんな彼女が、祐樹のような貧乏でパッとしないような奴に気を持つようなこと、あるはずないのだから。


 不安そうな様子で見つめてくる泉の瞳は、祐樹を試しているようにも見えた。

 祐樹はごくりと生唾を吞み込み、か細い声で尋ねる。


「それ、今決めなきゃダメか?」


 今の状況では、冷静な判断が出来ない。

 一度時間をおいて、冷静になって物事を考える必要があると祐樹は考えた。


「出来れば、今決めてほしいかな……私の決心が鈍りそう」


 頬を真っ赤にして、潤んだ瞳で訴えてくる泉の表情は、祐樹の胸を締め付けるには破壊力充分だった。

 祐樹は再びゴクリと生唾を呑み込む。

 依然として泉は、縋るような上目遣いで祐樹を見つめてきている。


 祐樹は喉の奥で詰まっているモノをぐっと飲み込んでから、頭の中で考えを巡らせた。

 確かに、今の財政的に、ルームシェアの提案は祐樹にとってありがたい話。

 けれど、泉は年頃の女の子だ。

 大学生だからといって、男女が一つ屋根の下で生活するのは色々と間違っている気がする。


 いや、待てよ……?

 泉は祐樹のことをここまで信頼してくれている。

 もしかして今、泉の信頼を失おうとしているのでは……?

 そんな一抹の不安が頭によぎった。


 よくよく考えて見れば、泉は大学でも一目置かれている美少女。

 そんな泉と一つ屋根の下で暮らすなんてイベント、祐樹の人生で二度と起きないのでは? 

 もしかして、絶好の機会を棒に振ろうとしている……?


 でもそれは、祐樹の私欲な考えでしかない。

 向こうにそういった邪な考えは一切ないはずだ。

 祐樹は、泉の決心がどれほどのものなのかを聞いてみたくなってしまう。

 だから、祐樹は泉に向かって尋ねた。


「本当に、俺なんかとでいいのか?」


 と。

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