第26話 帰り際、駅にて

「ただいまー」


 祐樹はアルバイトを終えて、泉の元へと帰還した。


「おかえりー。今日は随分と遅かったわね」

「あぁ、ちょっとお客さんの引きが悪くて、片付けに時間が掛かっちゃったんだ」

「それは大変だったわね。お疲れ様」

「ありがとう。とりあえず風呂貰っていいか?」

「えぇ、構わないわよ」


 お風呂上りにリビングでスマホを弄っていた泉に許可を取り、祐樹はリビングのタンスから着替えを取り出して、そのまま脱衣所へと向かった。

 それにしても、今日は大変な目に合ったぜ。

 死ぬ物狂いでここまで帰って来たと言っても過言ではないのだから。


 何があったかというと、一時間ほど前まで遡る。



 ◇◇◇



 青葉ちゃんのアルバイト初日は、祐樹と夕実先輩、店長の四人で回さなければならないという超人員不足シフトだったものの、お客さんの入りが穏やかだったことや、団体の予約が入っていなかったおかげで、何とかやりくりすることが出来た。

 加えて、青葉ちゃんの飲み込みが早かったのもありがたかった。

 注文はお客さんがタッチパネルでする方式のため、メニュー提供とテーブルの片づけが基本になるのだが、回数を重ねるごとに青葉ちゃんの動きも機敏な物へと変化していき、最後の方はベテランバイトなのではないかという風貌さえ醸し出していた。


「青葉ちゃん凄いね。俺が教えることもうなくなりそうだよ」

「えへへっ、祐樹君の教え方が上手いからだよー!」

「いやいや、青葉ちゃんの元々の素質の問題だって」


 青葉ちゃんは終始祐樹のことをたててくれたけど、結局のところ飲み込みが早くて、初日から堂々とした立ち振る舞いが出来ているからだと思っていた。

 夕実先輩も、きびきびホールを動き回る青葉ちゃんを見て『初日からあれだけ自身に満ち溢れてて凄いね。私でも初日はあんなに動き回れなかったよ』と感心していたほどである。

 その後、お客さんの引きも早く、閉店時間よりも前の時間にノーゲストになったところまでは良かったのだ。


 全ての洗い物も終えて、明日の準備も整えたところで、アルバイトもつつがなく終了。

 先に青葉ちゃんと夕実先輩に着替えを譲り、祐樹は一人店内のソファに座って待っていた。

 店長は、レジ締めヲ行っており、金額の齟齬がないかチェック中。

 スマホも更衣室に置きっぱなしなので、手持無沙汰で待っていると、夕実先輩と青葉ちゃんが着替えを済ませて出てきた。


「祐樹君、どうぞー」

「どうもー」


 ソファから立ち上がり、入れ替わりで更衣室へ入ろうとしたところで、何やら青葉ちゃんから熱い視線を感じた。


「ん、青葉ちゃんどうかした?」

「ううん! なんでもないよ! 私、祐樹君が着替えるまで待ってるね!」

「えっ、先帰ってても平気なのに」

「いいの! 私が待ちたいだけだから」

「まあ、それは構わないけど……」


 一緒にお店を出たとて、青葉ちゃんは駅から電車、祐樹は徒歩なので、一緒に歩く時間も三分も満たないのだが……。


「それじゃ、私はお先に失礼するよー!」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」


 夕実先輩は手をひらひらと振りながら、何やら青葉ちゃんにウィンクをしてお店を後にしていく。

 それを見て、祐樹は青葉ちゃんに尋ねる。


「もしかして、また夕実先輩に何か変なこと言われた?」

「別に何でもないよ! ただその……ちょっとだけアドバイスをもらっただけで……」

「アドバイス?」

「ほら、いいからいいから! 祐樹君は着替えてきて!」

「お、おう……分かった」


 青葉ちゃんに背中を押される形で、祐樹は更衣室へと押し込まれた。

 疑問に思いつつも、青葉ちゃんを夜遅くまで待たせてもいけないと思い、さっさと来がけを済ませてしまうことにする。


「お待たせー青葉ちゃん」


 着替えを済ませて店内に戻ると、青葉ちゃんが祐樹の声に反応してパっと立ち上がった。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」


 レジ締めをしている店長に挨拶を交わして、祐樹と青葉ちゃんはお店を後にした。

 階段を降りていき、お店の前の通りに出ると、多くの居酒屋が乱立していることもあり、通りは陽気な声でお喋りに興じるサラリーマンの人で賑わいを見せている。


「行こうか」

「うん……」


 祐樹は車道側を歩いて、青葉ちゃんの隣を陣取った。

 歩道でたむろしている人たちを避けながら、駅までの道を進んでいく。

 変な人に絡まれることなく、無事に駅前の改札口に到着。

 祐樹は足を止めて、青葉ちゃんの方へ振り向いた。


「それじゃ、今日はお疲れ様。また明日ね」


 祐樹が別れの挨拶を口にすると、青葉ちゃんがすっとこちらを見据えてきた。


「ねぇ祐樹君……!」

「ん、どうした?」

「あのね……そのっ……」


 手をお腹の前に置いて、モジモジとする青葉ちゃん。

 どうしたのだろうと心配していると、青葉ちゃんは意を決した様子で言い放ったのである。


「もし祐樹君が迷惑じゃなければ、今から祐樹君のおうちにお邪魔してもいいかな!?」

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