第27話 罪悪感
「えっ……」
青葉ちゃんが言い放った一言に、祐樹は絶句した。
というより、頭の理解が追い付かず唖然としてしまったいう方が正しいだろうか。
「ダ、ダメかな?」
頬を真っ赤に染めて、上目遣いに尋ねてくる青葉ちゃん。
祐樹の家に行きたいということが、どういう意味であるかということぐらい、流石の祐樹でも理解できる。
というか、まさか青葉ちゃんからそのように意識されていたことの方が驚きだった。
祐樹の中では、仲の良い友達という認識だったから、まさか想われているとは……。
青葉ちゃんの気持ちは素直に嬉しい。
だが祐樹には、絶対に断らなければならない理由がある。
それは当然、祐樹が泉と一緒に暮らしてるということが要因。
ルームシェア相手がいるのに、青葉ちゃんを家に招くことなど出来るはずがないのだから。
と同時に、ここで断れば、青葉ちゃんの気持ちを踏みにじることになることも理解していた。
だからこそ、祐樹は慎重に言葉を選ぶ必要がある。
「えっと……気持ちは嬉しいんだけど、今は足の踏み場もないくらい部屋が汚いからさ、また今度でもいい?」
「別に私は気にしないよ? どんな祐樹君でも受け入れる覚悟は出来てるから」
ちょっと待って、今日の青葉ちゃん、肝の座りっぷりが半端じゃないんだけど⁉
流石にそう言う気持ちを寄せてくれているとはいえ、汚部屋も受け入れるのはどうなんだろうか? ってそうじゃなくて!
「いや、ごめん。正直、青葉ちゃんの事、そう言う認識で見てなかったからびっくりしてるんだ……。だから、一人で気持ちを整理させて欲しいなって」
「嫌だ……。だって祐樹君はきっと優しいから、今はお金の事で手一杯で、恋愛なんて考えられないって結論になるでしょ」
み、見抜かれてるだと⁉
青葉ちゃんはエスパーか何かなのか⁉
祐樹が驚きを隠せずにいると、青葉ちゃんがふっと笑みを浮かべた。
「それぐらい分かるよ。祐樹君が頑張ってるの、ずっと知ってたから」
出来るだけ周りの人に事情は見せないよう努めていたのに、青葉ちゃんには気づかれていたことが恥ずかしくなってくる。
青葉ちゃんは胸元で手を握りつつ、言葉を紡いでいく。
「私は別に、お金がないとかそんなの関係なしに、今のありのままに頑張ってる祐樹君のことがいいなって思ったの。だから私の事、少しでも意識してくれてるなら、心の整理する前に、理性のままありのままに見て欲しいなって……」
「落ち着いて青葉ちゃん! 流石にそれは早まり過ぎだから!」
半ば欲望のままに抱いてください宣言ともいえる発言に、祐樹も流石に待ったをかける。
流されたまま無責任に関係を持ちたくないし、祐樹はそもそも、恋愛のことなど頭の片隅にも考えていなかったのだ。
そんな奴が、急に結論を出せと言われても無理な話である。
加えて、祐樹の脳内には、泉と添い寝した時のことが浮かんできていた。
青葉ちゃんに泉と一緒に暮らしていることを隠していることも、泉と一緒に寝ていることに対しても、祐樹にとっては尾を引く要因となっていた。
だからこそ、青葉ちゃんに誤解を与えぬよう、ここはしっかりと一線を引いておく必要がある。
「ごめん……青葉ちゃんの気持ちは嬉しいよ。ただ今は、マジそう言う事考えられないんだ。だから申し訳ないけど、俺の家に連れて行くことは出来ない」
「そっか……分かった」
納得したように頷いて、青葉ちゃんは笑みを浮かべた。
その笑みが、本心から来ているものではないと分かっているので、祐樹の心は罪悪感に苛まれる。
だが、ここで成り行きに任せて期待を持たせてしまうのも違うと分かっているからこそ、祐樹の今思う気持ちをちゃんと伝えなければならなかった。
「だから今日は、ちゃんと自分の家に帰りな?」
「うん。ごめんね、急に変なこと聞いちゃって」
「平気だよ。俺も気持ちは嬉しいからさ」
「ありがと……。それじゃあ、また明日大学でね」
「うん、また明日」
無理やり作った笑みで手を振りながら、青葉ちゃんは改札口を通ってホームへと続く階段を登って行った。
青葉ちゃんを見送り終えて、一人になった祐樹はふぅっとため息を吐いて虚空を見上げる。
「すげー罪悪感」
きっと、青葉ちゃんは今日一日、気落ちしたまま過ごすのだろう。
もしかしたらこのことを引きずって、これから大学で会うと気まずくなってしまうかもしれない。
「……帰るか」
祐樹は外の空気を吸い込みながら、頭を切り替えて帰って来たのだ。
とはいえ、家に帰ったら泉がいるわけで、気持ちの整理を付けることが出来ずに今に至る。
湯船に浸かりながら、ブクブクと水面で息を吐き、先ほどの出来事を思い返すと、勝手にため息が漏れてきてしまう。
「どーすりゃいいんだよ……」
気持ちの整理がつかぬまま、祐樹は風呂から上がる。
この後、泉と一緒に寝る気分になれぬまま。
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