第2話 ゼシカ姫の自由

 作中で魔王アズラニカに攫われたゼシカ姫の待遇は悪いものではなかった。


 鉄球を付けて監禁されているだとか、部屋から出たら死ぬ呪いだとか、劣悪な環境で暮らしていた様子はなく、ゲーム終盤で再登場した際は元気に魔王の手を振りほどいて主人公のもとへ駆け寄り「わたくしが心から好いているのはこの方ですわ!」と宣言していた気がする。

 あれがゲームの舞台装置だった姫にとっての最初の意思表示だ。


 実際に私ことゼシカが初めて宣言したのは魔王との結婚についてだったけれど。


 その宣言について両親や兄様が言及する時間はなかったものの、魔王とその側近たちにはナクロヴィアへ戻ってからこれでもかと触れられることになった。

 巨大で物々しい城の庭に降り立ったアズラニカは駆け寄ってきた青年にドラゴンを繋いでおくよう指示し、そのまま私を抱いて城内へと足を進める。

 逃げないので下ろしてくださいと頼んでみたものの、アズラニカはまだ私の宣言を信じられないようで首を縦に振ることはなかった。仕方ないといえば仕方ない。


 そうして通されたのがやたらと広い客室だ。

 どうやら攫ってきた姫を一旦ここへ連れてくる手筈になっていたらしく、すでにそこには何人かの魔族が待機していた。


「陛下! おかえりなさいませ!」

「首尾良く進んだようで安堵しております……!」

「うむ、首尾良く……進んだが、その」


 戸惑っている様子のアズラニカに魔族たちは首を傾げ、続けて何か良くないことが起こったのかと心配する。

 アズラニカはファルマの城へ突入したこと、そして私が間髪入れずに結婚宣言したことを説明した。全員疑問符を浮かべて私を見る。


「そういえば今日はゼシカ姫の誕生日パーティーですよね。それにしては格好が……」

「陛下、その荷物は姫のものですか? 準備する時間があったとは思えません、もしや姫自ら事前に準備を?」

「ま、まさかその姫は影武者で囮だったのでは!?」


 その勘違いは困る、と私から説明しようとしたところでアズラニカが首を横に振った。


「私がゼシカを見間違えるはずがない」


 ……さすが作中で一番特大な一目惚れをかました魔王、外見だけは目に焼きついてるみたいね。

 私は深呼吸をして用意しておいた『説明』を披露することにした。


「私はゼシカ・アンバーロートで間違いありません。王族の証もここにあります」


 胸元から王家の紋章が入った首飾りを取り出すと、眼鏡をかけた魔族がそうっと近づいて目を凝らす。

 そして間を置かずに「本物のようです」と告げた。

 ざわつく魔族たちを前に私は続ける。


「私には多少の予知能力があり、幼少の頃より見続けている夢がありました。18歳の誕生日に魔王が私を娶るため攫いに来るという夢です」

「なんと……!」

「予知が当たる確率はそう高くはありません。けれどこれだけは必ず起こる、そう確信していました」


 予知能力はゲームの内容をある程度知っていることから。

 当たる確率は今後披露することになった時のための保険だ。

 魔王が攫いに来る確信に関しては少し盛っておいた。その方が心証も良いだろうという下心もある。


「魔王アズラニカ、あなたは我が国の暗部をご存知ですね?」


 侵入した際の口上を思い出して問うとアズラニカは黒い髪を揺らしながら頷いた。


「我が国には人間の国から逃げてきた者もいる。あまりにも頭を抱える話が多かったため、密偵を送って調べさせたのだ」

「私もそれらを目や耳にしていましたが、止めることが出来ませんでした。それどころか私の命すら危うく……。そこであなたが私を救いに来てくれるのをずっと待っていたんです!」


 嘘ではない。

 嘘ではないけれど、口にした私すら「嘘くさいな」と思える内容だった。


 もちろん私も国の悪行を止められなかったことには良心を痛めている。

 第一王女とはいえ私が政治に口出しする権限は無く、そういった教育はすべて兄のゼナキスが受けていたため、重税に喘ぐ人々に救いの手を差し伸べることはできなかった。

 できることといえば極力自分では贅沢をしないことだったけれど――それでも母は「わたくしそっくりね!」と私を着せ替え人形のように扱っては色々と買い与えていたため、ドレスや装飾品は凄まじい量だった。

 ほとんど置いてきたけれど箪笥の肥やしになったままかもしれない。

 そしてその着せ替え人形を将来、政略結婚の道具にしようと考えていた様子だった。


 ただ予知に関しては魔法や不思議な事象の多いこの世界なら否定はしきれないはず。

 そう心の中で両手を合わせていると、アズラニカが両手で口元を押さえて絶句していた。

 そんなにドン引きされるほどおかしかったのだろうか。千年の恋も冷めちゃった? と身構えていると、アズラニカは「聞いたかお前たち!」と魔族たちを見た。


「なんという運命的な出会い! 無理やり連れ出して嫌われたらどうしようと日々悪夢にうなされていたが、私は……私は愛する者の助けになれたのだ!」


 魔王アズラニカはチョロい上に乙女だった。

 ゲームでもこんな感じだったっけ……?

 いや、でも人間相手なら威厳たっぷりに話すみたいだから、ゲーム内ではそういう側面だけ見えていたのかもしれない。

 他の魔族たちの中には半信半疑な者もいるようだったが、それでも大分肯定的だった。私の身分証明が効いたことと、事前にこれだけ準備していたことから覚悟を読み取ってくれたのかしら。


 ――それでもこれから私が無害であること、そして敵意がないことを自分の行動で示していかなきゃならないわ。

 私はアズラニカの手を握る。


「アズラニカ様」

「ア、アズラニカでよい」

「ではアズラニカ。私はこの国のために生きたいです。だから役目をください」


 役目? とアズラニカは目を瞬かせた。

 王の妻という立場、ということではない。

 お飾りのような妻ではなく、この国のためになることをしたいのだ。そう伝えるとアズラニカは眉を下げた。


「来たばかりでそのようなことを考えることはない」

「けど」

「それに、ゼシカよ。役目を与えることは簡単だが、私はお前にのびのびと暮らしてほしい。我が国では自由に生きてよいのだ。だから」


 アズラニカは祈るように言う。


「その役目とやら、私に決めさせるのではなくお前がやりたいことを探して決めよ」

「私が……? そこまで自由にしてもらって良……あっ」


 自由に生きていい、とアズラニカが言ったばかりだ。

 国の益になることでなくてもいい。まずは私のしたいことを見つけろ、とアズラニカは言い重ねると、今日は疲れただろうからと私のために用意したという私室に案内してくれた。

 結婚に関しても準備や相談すべきことがあるため、後日進めようという話になる。


「やるべきことじゃなくて、やりたいこと……」


 部屋に一人になり、そう呟いてみるとようやく実感が湧いてきた。

 自分で決めてもいいなら是非決めたい。しかし何から手を付けるべきなのかわからない。それは私がこの国のことをまだ何も知らないからだ。

 ゲームから受け取った情報はあるけれど、自分の目で見て手で触れた情報はない。


 考え甲斐のあることが沢山ありそうね。


 そう思いながら――私はまず『今やりたいこと』として数少ない私物の中からノートとペンを取り出し、今日あったことや知ったことを書きつけて纏めることにした。

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