第14話 サヤツミのお願い!

「やあ、愛らしい人間の子! 元気にしてたかい?」


 カレーを振る舞った日からしばらく経った。

 その間も様々な土地に足を運び、数日ぶりに城に戻ってきたサヤツミは私を見つけるなり子犬のように――もとい、子犬を見つけた子供のように笑みを浮かべて駆け寄ってきた。高いヒールによる軽快な音が廊下にこだまする。


 数日どころか数ヶ月ぶりみたいな勢いだけれど、これをもう何度も経験しているので驚くことはなかった。


「元気よ。……あなたも元気そうね、色んなところに出て行って疲れないの?」

「魔神がそんなことで疲れるはずないだろう? それに一ヵ所に留まるのもいいが、様々な地を旅するのは楽しいぞ、心が洗われる! 可愛い人間も沢山いるし!」

「そ、そう」

「むしろゼシカこそ城に籠っていて疲れないのかい?」


 サヤツミは不思議そうに首を傾げる。

 もちろん籠りきりというわけではない。時々中庭に出て日光浴をしているし、本の日干しも必要なら外に出ている。

 けれど普通の人より室内にいる時間の方が長い自覚はあった。

 書庫の整理と修繕は進んでいるけれどまだ途中だし、結婚式についての相談も進めている。城下町も気になるけれど一人ではなかなか出ていけない。

 そう説明するとサヤツミは開いた窓に腰かけて足を組んだ。


「理解は示そう。しかし健康に悪いなぁ、人間はすぐに体を悪くするから心配だ」

「あ、あはは、そこまで深刻なことじゃ……」

「ゼシカは外へ出るのが嫌という訳ではないんだね? 理由があれば出るかな?」


 なんだか説得されている引き籠りみたいな気分になってきたわ。

 もちろん、と頷くとサヤツミは八重歯がすべて見えるほど満面の笑みを浮かべて手を叩いた。


「それじゃあゼシカに『お願いごと』をしようか!」

「お願いごと……?」

「出先で困ってる奴を見つけたんだ。俺から見れば些事極まることだったから、少し相談に乗ってそのまま放置してきた」


 放置とは言うものの、そこで相談には乗ってあげる辺りサヤツミは人間以外でも根は優しい魔神だということがわかるわね。

 そう感じているとサヤツミが言葉を続けた。


「……が、帰ってきてもどうにも気にかかる。ゼシカは本を沢山読んで知識があるから解決の糸口を見つけられるかもしれないと思ってさ、ちょっと話を聞いてやってくれないか?」

「城から出るには許可が――」

「アズラニカには頷く以外の選択肢はない」


 にっこりと笑ったサヤツミは人を惑わす悪魔のようだった。……さっき感じた印象は少し修正する必要があるかもしれない。

 しかし私の知識や特技が困っている人の役に立つかもしれないのは見逃せなかった。

 これから生活する国の国民相手なら尚のことだ。


「ひとまずわかりました。ところでその困っている人っていうのは?」


 サヤツミは待っていましたと言わんばかりに私の質問に答える。


「壺を無くしたレプラコーンさ!」


     ***


 サヤツミの宣言通りアズラニカには私の外出を許可する選択肢しかなかった。

 じつに酷い話だ。

 しかしアズラニカも負けておらず、地方の視察と称して私とサヤツミについて行くことにしたらしい。

 じつに過保護な話だ。


 けれど過保護といっても他にも理由があるらしい。

 レプラコーンが住んでいる村が人間の領地――つまりファルマとの境界に近い位置にあるから、である。

 境界には広大な森が広がっているが、第一王女を力づくで攫われた後のため強引に攻め込んでくる可能性がある。

 不審な動きや痕跡が見られないか直接確認しに行き、時には住民に聞き取りもして不安を取り除くのが目的のひとつのようだ。


 ……アズラニカ、やっぱり私を攫うならもう少し穏便なやり方があったんじゃないかしら。

 宰相さんたちの心労が心配だわ。


 とはいえ森には自由奔放な魔物や凶悪な野生動物も数多く住んでいるらしく、ここから人間の騎士団が入ってくる心配はほぼないだろう、というのがアズラニカの見解だった。

 護衛もナクロヴィアの騎士団長とその部下が一人だけ。

 二人とも手練れだけれど、リツェ曰く「陛下の方がお強いですよ」とのことだった。ラスボスなんだから当たり前といえば当たり前だけれど。


「さあ、ゼシカ。私の腕にしっかりと掴まっていてくれ」

「ありがとう。こ、ここに来る時にも乗ったけれど、冷静な状態だとちょっと怖いわね……」


 アズラニカの手を握ってドラゴンの背に乗り、後ろから抱き締められるような形になったところで両左右に見えた大きな黒い翼がばさりと動き始めた。

 風圧が凄いけれど、アズラニカに支えられているおかげか影響を受けたのは髪の毛くらいだ。気になることといえば背後で「身を竦めているゼシカも可愛いな……」などという感想をアズラニカが零していることくらいかしら。


 ドラゴンの体がふわりと浮く。

 そうして、私たちはドラゴンに乗ってレプラコーンの住む村へと出発することになったのだった。

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