第13話 知れたこと、知りたいこと
アズラニカの母親は半分人間だった。
つまりハーフであり、アズラニカはクォーターということになる。
ナクロヴィアが人間を受け入れているのはベレクを見ればわかるけれど、書庫の資料を見るに人間への対応が軟化したのは先代魔王のラジェカリオが即位した後だ。
それもすぐに魔族全体の認識が変わったわけではないはず。
そんな中、先々代魔王の妻になるほどの人間がいたとは思っていなかった。アズラニカは頬を掻いてこちらを見る。
「やはり人間の国には伝わっていないようだな?」
「は、はい、まったく……」
ファルマでの『魔族』の認識はラジェカリオ即位以前のままで、人間を嫌い排斥する邪悪なるもの、というのが一般的だった。
そんな魔族に人間の女性が嫁いだなんて話は聞いたことがない。
なんならゲーム本編でもそんな気配はなかったけれど――いや、でも匂わせるような描写はあったかも。最終戦で勇者に対してアズラニカが「人間は忌々しいほど脆い」と言っていた気がするわ。
どうして忌々しいなんて付けたのか当時は不思議だった。
だって敵なら脆い方がいいだろうし。なのに細かな説明はなくて、きっと魔王は強い人間と戦いたかったんだなと解釈していたけれど……もしかして祖母の件が関わっていたのかもしれない。
(あ、たしか出版社の不祥事で発売中止になった設定資料集の話があったような……。もしかしてこういう裏設定ってそこで明かす予定だった?)
さすがに転生した私の影響が過去に遡ってまで出たなんてことはないだろう。ここが完全にゲームの世界と一緒なら、だけれど。
そう考え込んでいるとアズラニカがいつの間にか名残惜しそうに空になった皿を見下ろしているのが見えた。
「ゼシカの作ってくれたカレーは本当に美味で、そして懐かしき味がした」
「アズラニカ……」
「……またあの味を舌で感じることができて良かった。良き機会を与えてくれたことに礼を言う。ありがとう、ゼシカ」
――ほっとした。
これは嫌われていなくてよかったからではない。
喜んでもらえてよかったという気持ちからだ。
そう自覚しているとアズラニカが歯を覗かせて笑いながら言った。
「それにゼシカも私と会えぬと寂しいと知れたこと、これも大きな収穫だ」
「そっ……」
それは違います、とは言えなかった。
思わず喉まで出かかった言葉を飲み込んでしまう。
動機はアズラニカに嫌われてしまうと今後自由に生きることも夢を追うことも難しくなってしまうから。だったはず、なんだけれど、もしかして私って寂しかったのかしら?
どぎまぎしながら言葉を探していると、アズラニカが更に混乱することを口にした。
「寂しい思いをさせてすまなかった。……人間は我々より早く死ぬ。ゼシカが母より早く死ぬと思うと悲しくて悲しくてな……」
「今からそんなこと思ってたんですか!?」
「しかし一番辛いのは先に死ぬゼシカだ。なら我が国の中だけでも自由に暮らしてもらうべきだと思ったのだ」
「だから距離を取ってたんですか!?」
私がべったりでは自由に動けないだろう、とアズラニカはしゅんとする。
あれはすべて気遣いだったのだ。ちょっと過度で、ちょっと斜め上で、ちょっと踏むべきステップを飛ばした結果、凄まじい大暴投になってしまったわけだけれど。
「……アズラニカ、その、私たちはこれから夫婦になるわけですよね」
「うむ、私はお前の夫になりたい。なる」
「なら夫婦には話し合うことも大切です。すべての事柄を相談しろなんて暑苦しいことは言いませんけれど……こういったことは遠慮せず話してください」
まだ頼りないかもしれませんが。
そう伝えるとアズラニカは二度三度瞬いた後、アズラニカは「わかった」と深く頷いた。
「今後はゼシカの意見も聞こう。――では早速訊ねてもいいだろうか。何か不足しているものはないか? 体調に異変はないか? 他に何かしたいことはないか?」
「まだ人間の脆さを心配してますね!? もう十分すぎるほど頂いてますよ!」
不足しているものもない。
自由に書庫を整理させてもらえているし、三食とも美味しいし、部屋は広くて綺麗だし、メルーテアとの相性もいい。母国に居た頃より恵まれているくらいだ。
そのおかげで体調も良いと伝えるとアズラニカは心底ほっとした顔を見せた。
他にしたいことは、と考えたところで私はアズラニカの目を見る。
水色の綺麗な目だ。
「ひとつお願いがあるんです」
「! それは一体何だ? 叶えられることなら何でも――」
「私、もう少しアズラニカのことが知りたいです!」
今回の件で知れたことは多い。
きっと他にも同じように知れることがあるだろう。
初めはレシピという記録に助けてもらったけれど、ここからは自分から直接アズラニカ本人にアピールしたいと思った。そんな想いを込めて訊ねると、アズラニカは一瞬驚いた顔をしたもののすぐに頷く。
「では後でゼシカが聞きたいだけ聞かせよう」
「はいっ、宜しくお願いします!」
色よい返事に思わず笑みを浮かべると、アズラニカは「では改めてごちそうさま」とお礼を言ってから同じように笑った。
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