第12話 ルプラリンゴのカレー

 アズラニカは忙しいと食事を自室で取る。

 けれど今日は専用の食堂で食べるらしい。……ということは、やっぱりもう忙しくないけど私に会わないようにしていたってことよね。


 そんな由々しき事態の希望の光になるかもしれないルプラリンゴのカレー。

 出来栄えは上々、辛さや色合いもレシピを守ったから高水準で再現できているはず。

 ただ写真なんてものは無く、絵も見当たらなかったので盛り付け諸々は少し心配かもしれない。

 レシピに限らず他の記録にも絵は無かったから、先代記録官のオトは絵心がなかった可能性が出てきた。

 私が纏める時はある程度組み込んでみよう。学校のノートを取る時も絵が付いていた方が理解しやすかったし。


(さあ、まずは一口でも食べてくれるかが問題ね。好みが変わっていないことを祈るわ……!)


 そこへ食堂にアズラニカが入ってくる。

 物陰からその様子を窺い、カレーに対する反応を見てから自分が作ったと名乗り出る、そんな段取りも考えはしたけれど――ここは真っ向勝負! あっちから来ないならこっちから行く作戦も同時進行! 食堂に入ってきたアズラニカに直接伝えることにしたわ!


「アズラニカ、お仕事お疲れさま!」

「……!? ゼ、ゼシカ!? なぜここに」

「今日の夕食は私が作ったんです」


 私の言葉にアズラニカは目をぱちくりと瞬かせた。

 あまりにも予想外だったのか、戸惑っている間に手を引いてイスに座らせるのも容易だった。私は彼の気が変わる前にさっさとカレーを運んできてもらう。

 ――本当は配膳も自分でやりたかったのだけれど、メルーテアに「それはさすがに仕事を奪いすぎになってしまいます」と止められたため諦めた。調理はベレクの許可が出たが、魔王に食事を運ぶというのも大きな仕事の一つであることに変わりはないようだ。


 無事テーブルの上に置かれたカレーにアズラニカはもう一度瞬き、そしてこちらを見上げる。


「これはもしや……ルプラリンゴのカレー、か?」

「はい、じつは書庫でレシピを見つけまして」

「書庫で……」


 もしかしたら食べてもらえないかも。

 覚悟はしてきたけれど、ついに結果が出る時が来た。

 万一駄目だったとしてもメルーテアやベレクに言った通り、これで諦めたりはしない。けれど平静を装いつつも心臓は早鐘のように鳴っていた。

 アズラニカはカレーと私の顔を交互に見ると「あそこは何でもあるのだな」と小さく呟いた。そしてスプーンを手に取る。


「では冷める前に頂こう。ゼシカは、……」


 そう一瞬迷った後、


「……ゼシカも座ってくれ。夕食は?」


 そう問い掛けた。

 もしかして退室させるか迷ったのかしら。……どんな理由でも同席できるならそれに越したことはないわ。


「まだですが味見でそれなりに食べました!」

「一体どれだけ食べたんだ……!?」

「あはは、結構試行錯誤したので……」


 メルーテアやベレクにも食べてもらったが、味見というより試食という域に達していたと思う。でもそのぶん自信作が出来たから結果オーライよ。

 アズラニカは「あとで小腹が空いたら言うといい」と笑い、そしてカレーを一口食べた。

 さあ、感想は。

 そう前のめりになりつつ様子を見守る。

 どんな言葉でも今ならすべて受け止めてみせるわ。ドンと来いよ。た、多少手加減してくれるとありがたいけれど。


 ――が。


「……ア、アズラニカ?」


 アズラニカはそのまま二口目を口に運び、まだ咀嚼しているのに三口目を突っ込んだ。

 いやいやそんなお腹を空かせた子供みたいな食べ方をされるのは予想外なのだけれど!?


「アズラニカ、お水も挟みましょう! ね! 大食い選手みたいになってますよ!」

「……」

「というか手元が見えないんですが!? もしかして魔王の食べ方ってこれがデフォルトなんです!?」

「……うむ、大変美味だった。ごちそうさま」

「もう!?」


 そのまま丸呑みしていないかと心配になる勢いだった。

 も、もしかして口に合わなかったけれど私に気を遣って完食を目指した……とか?

 そう不安になったものの、ナプキンで口元を拭うアズラニカの表情を見ると非常に満足げに見えた。この表情が嘘には見えない。

 ようやく水を口にしたアズラニカは私の顔を見る。


「本当に美味しかった。手が止まらなかったくらいだ」

「あ、ありがとう。止まらないどころか見えなくなってましたね」

「しかしなぜ突然ルプラリンゴのカレーを作ってくれたのだ? その、料理には明るくないが作る手間がとてもかかるものだろう」


 純粋に疑問に思っているらしい。

 私はどこまで話すか少しの間言い淀み、そして言葉を整理してから口を開いた。


「ここしばらく会えない日が続いていましたよね?」

「……ああ」

「そんな時、あなたが私を避けているような話を聞きまして」

「っ!? 一体誰にだ!?」

「いえ、廊下で喋っているアズラニカ本人から」


 アズラニカはしばらく記憶を探った後、心当たりがあったのか衝撃を受けた顔をしてイスから立ち上がる。


「聞いていたのか! いや、あれには理由があるのだ」

「理由があっても嫌われている可能性があると思ったら、その、居ても立ってもいられず……でも直接問い詰めるのもおかしいので、せめて今の自分が出来ることからしてみようと思いまして」

「――つまりあのカレーはゼシカが私に好かれるために作ったもの、ということか」


 そういうことになるわよね。

 私が頷くとアズラニカは頭を抱えた。


「美味いからと即完食せず、三日ほどかけて食べればよかった……!」

「な、鍋にはまだあると思いますが」

「よし、三日ほどかけて食べる」

「お腹壊しそうなのでせめて明日までにしてください……!」


 こくこくと頷いていたアズラニカはハッと我に返ると咳払いし、イスに座った私の隣まで歩いてきた。そしてこちらの片手を握って言う。

 避けていた理由を言う前に伝えておくべきことがある、と前置きをして。


「あのレシピは母が考案したものだ。……そして、私の母はその身の半分が人間だった」

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