第11話 コック長とクッキングタイム!
厨房の使用許可を貰い、顔を出した先で待っていたのはクリーム色の金髪に淡い桃色の目をした青年だった。
色から柔らかい印象があるが目つきはジト目に近く、髪型もツンツンと跳ねていて固そうだ。身長も高い――ものの、この城にはアズラニカをはじめ高身長な人物が揃い踏みなため慣れてしまって威圧感はない。
そんな青年は背を伸ばし私を待ち構えていたが、表情にはやや緊張が見て取れた。
リツェの時よりは大袈裟じゃないけれど私の訪問と申し出に戸惑いもあるようだ。
「お初にお目にかかります。コック長のベレク・ブラッガーと申します」
「……! あなたがコック長だったのね。ゼシカよ、今日は無理を言ってごめんなさい」
コック長、ベレクは慌てた様子で首を横に振る。
「とんでもないです、むしろ光栄です!」
……本心というより何かを危惧して私を持ち上げているようなニュアンスだわ。
立場的にはおかしくないものの違和感を感じていると、メルーテアがそっと補足してくれた。
「ゼシカ様。ベレクはファルマから亡命してきた人間です」
ベレクは口を引き結んでメルーテアに睨むような視線をやっている。冷や汗もかいており、どうやらバレたくない事柄だったらしい。
たしかに逃げ出してきた国の王女と出くわしたら気まずいなんてものじゃないわよね……。
「……ベレク、ある意味私もファルマから逃げ出してきた人間よ。怖がらなくていいわ」
「ですが」
「それよりあなたが国に居る間に救えなくてごめんなさい、亡命するくらいだから酷い目に遭ったんでしょう……?」
ベレクは言いづらそうに視線を泳がせた。
むしろ私を恨んでいてもおかしくはないわ。国民から見ればゼシカ姫も贅沢三昧な王族の一人だもの。
そう思っているとベレクがもごもごと答えた。
「ゼシカ様の事情はアズラニカ様から聞き及んでいます。――し……正直に申しますと、ゼシカ様も含めて恨んだこともありました。故郷は税の取り立てが厳しく、流行り病で家族も死んでしまったので」
ですが、とベレクは誤解を恐れているかのように素早く言葉を継ぐ。
「今は王族への恨みはあれど、ゼシカ様個人に対してそのような気持ちはありません」
「ベレク……」
「お気遣いありがとうございます。そして亡命してきたことを隠そうとしてしまい申し訳ありませんでした」
「謝らないでちょうだい。今日はあなたの力添えを頼りにしているわね」
再び頭を下げたベレクの顔を上げさせ、調理台の前へと移動する。
服は袖のびらびらしていない動きやすいものを選び、髪も事前に結い上げておいた。
手を洗う前に私は「今日作りたいのはこれなの」と例のレシピをベレクに見せる。
「これは……ルプラリンゴのカレー、ですか」
「ええ、アズラニカに作ってあげたいの」
「カレーにリンゴを入れることが少ないので不思議ですが、……このレシピならたしかに違和感なく馴染ませられるかもしれません」
前世の世界なら時々見かけることがあったけれど、こっちでは更に輪をかけて珍しいのね。創作料理に近いレシピだったのかもしれない。
じゃあアズラニカも最近は食べる機会が少なかったか、まったくなかったはず。
喜んでもらえるといいなと思いながら私はベレクの補助を受けながら調理を開始した。
前世では自炊もしていたので調理器具を扱うことに問題はないものの、食材の見た目がやや異なっていたり、カレールゥなどという便利なものはないため本当に一からの調理になる。
そのための補助だ。途中からメルーテアも材料の目利きに参加してくれた。
そうして数時間経ち――私たちの前には、鍋でぐつぐつと煮込まれるカレーが姿を現していた。
「で、できた……! 思ったより時間がかかっちゃったわね」
「いえ、逆に食事するのに向いた時間帯ですよ」
「その通りです、それにとても手早くて……あの、平民なので与り知らないのですが、姫は料理修行もするのですか? 包丁の使い方がとても手慣れていて驚きました」
……いや、王女の花嫁修業に料理は含まれていない。
そういったことは嫁いだ先の家で雇われている人間がする。叩き込まれるのは淑女の嗜みやパーティーでの振る舞いなどだ。
ただうちは父親が私腹を肥やすのに夢中で、母親は私を着飾らせることにしか興味がなく、教師は付けていたもののその質までは考慮していなかったため他の国の王族より大分おざなりだったと思う。だってほとんど覚えていないもの。
あれも貴重な知識だから覚えていることだけでも書き留めておきたいけれど――私は今、自由に生きさせてくれる国で遺したいものを優先したかった。
包丁の使い方については「ベレクには遠く及ばないわよ」と曖昧に笑って誤魔化しつつ、私は皿にライスとカレーをよそっていく。ちなみに誤魔化しとはいえ本心だ。亡命してきた身で身分関係なく城のコック長に任命されるだけの素晴らしい腕を持っている。
そしてアズラニカが身分より実力を重視することもわかった。
書物だけでなく、人と人との関りでも新たなことを知れるのがとても嬉しい。
なお、このライス。
ファルマでは細長いお米で水分も少なくって元日本人としては度々郷愁に駆られながら「日本米が食べたい……」となっていたのだけれど、なんとナクロヴィアでは日本米に近い楕円で水分量の多い甘みのある品種だった。
こっちに来てから初めて口にした時は感動したものだわ……。
故郷の味って偉大ね。
カレーには絞ったリンゴの果汁を入れ、具としてもスライスしたものを入れてある。
ピリッとした香辛料の後味をリンゴの優しさが柔らかくしてくれる、そんな味だ。
試食した時にもっと食べたくなったけれど、今は長時間カレーの香りを嗅いでいたからか空腹感が麻痺していた。
よし、初めに食べるのはアズラニカにしたかったからこれで我慢できそう。
「さて……じゃあ決戦の時ね」
「け、決戦、ですか」
「アズラニカが食べてくれるかどうか、そして喜んでくれるかどうか。それにすべてがかかっているわ。――ただ」
私は手伝ってくれたベレクとメルーテア両方の顔を見る。
この数時間の間だけでも沢山お世話になった。ベレクはこれから通常業務もあるのに本当に頭が上がらないわ。
だからここで先のことを考えて不安になって、暗い顔は見せたくなかった。
そう思うと自然と口が笑みの形になる。
「もし失敗したら、次は何を作るか……このカレーを皆で食べながら相談してもいいかしら?」
ベレクとメルーテアは目をぱちくりとさせ、そして。
「もちろんです!」
「もちろんお供させて頂きます」
私と同じような笑みを返してくれた。
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