第10話 かわいい甥っ子(甥っ子ではない)観察日記

 あの日記を見た限り、記録官オトはアズラニカが父のラジェカリオに「書庫へ入るな」と言われた頃にははまだ生きていた。

 つまりアズラニカのこともどこかに記録してあるかもしれない。


 日記にはアズラニカが生まれた頃から幼少期まで書いてあったものの、なぜか若干ぼかされていたので詳細はわからなかった。あれだけ個人の日記とは思えないほど描写が書き込まれていたのに不思議だ。

 リツェに聞いた感じ親子仲は悪くはなかったそうだけれど何故かしら……?


 なんにせよオトが纏めた記録が見つかれば、きっとアズラニカのことを知るきっかけになる。


 それはオトが亡くなる前までの情報だけれど、今の私には願ってもないものだわ。

 そう判断して書庫を探っていく。今までは手前から作業していたけれど、探し物があるなら話は別。本棚に並んでいるジャンルやタイトルの頭文字から予測していくつかアテを作ってからチェックすることにした。

 床に積まれていた本や手前の本棚は整理もされていなくてバラバラなことが多かったけれど、奥の本棚ほどオトが自分で整理していた頃の状態を保っているのか綺麗でわかりやすい。


(それでも探すのが大変なのは前世の図書館と一緒ね)


 ――探し始めて二時間。

 ようやく見つけたのは青い表紙の本だった。王族についての情報が綴られたもので、序盤はオトが以前の情報を書き写したのかとても淡々としている。ただ情報に関してはとても細かく、出生時の体重まで記されていた。


「お目当てのものは見つかりましたか?」

「ええ、でもこれに気になってることが書かれてなかったらもう一度探さなきゃ」


 手伝ってくれていたメルーテアを伴って机へと戻る。

 アズラニカに関することは本の後半だろう。可能ならラジェカリオについて書かれた部分から調べておきたいかも。

 そう思いながらパラパラとページを捲ると、どんぴしゃりでラジェカリオの記述が出てきた。


「……出生時の体重が、な、7000……魔族って大きく生まれるのね?」

「? ああ、いえ、それは角のある魔族の特徴ですね。生まれた時に生えていることは稀ですが、生後間もなく生え始めるので角の核が頭に備わっているんです」


 アズラニカにも生えてるけど、あれってサイみたいに髪のようなものじゃなくて、頭蓋骨から直接生えてるタイプなのかしら。

 メルーテア曰く妊婦さんはお腹の子供が育ってくると体重の変化で「この子たぶん角あるわ!」と察することができるらしい。

 ――そのうち三割は単純に妊婦さんが太っただけという話も教えてくれた。どの世界も似たようなことがあるのね。


「角のある子供はよく転びます。そしてこれも体重の重い理由の一つですが……頭の骨だけでなく全身の骨が丈夫なので、もしゼシカ様のお子様が将来角のある子供でも心配なさらないでくださいね」

「え、ええ、ありがとう」


 メルーテアは「私も目一杯サポートしますので」と張り切っていたものの……突然の現実的な話題に私は曖昧な返事しかできなかったことが申し訳ない。


(まあ嫁げば自然とそうなるわよね、魔王にも世継ぎ問題はあるだろうし。……)


 まだ私はアズラニカの気持ちに応えようと手探りな状態だ。

 出遅れた、と感じてしまうけれど、これは私が選んだ結果よ。ファルマから抜け出して幸せに暮らすために手段として利用したんだから、段階をすっ飛ばすのは予想済みのこと。

 だからこそ今頑張らなくちゃ。

 世継ぎ云々は恋愛感情が伴っていなくてもいいかもしれない。けれどアズラニカは本気で私のことを好いてくれている。私も同じものを返したい。


 そんな一心でページを捲っていたものの――ラジェカリオの結婚前後の情報は再びふんわりとしていた。


「なんで……!? これって途中からオトがリアルタイムで記入してる時代よね?」

「ええ、あぁ……はい、その、理由はなんとなく察せるのですが」


 メルーテアは言いづらそうに口籠る。


「……この件に関しては私の口からお伝えするのではなく、アズラニカ陛下から直接聞いた方が良いと思います」


 どうやらデリケートな問題らしい。

 そういうことなら仕方ないけれど、とひとまず残ったページをすべて確認していく。

 アズラニカに関するページももちろんあった。ただ出生時は4500gと人間のちょっと大きな赤ちゃんと変わらない。魔族でも個人差があるみたいね。

 父はラジェカリオ、母はロゼマリア。

 ロゼマリアはアズラニカと同じ黒髪で、どうやら病で早逝しているようだった。

 この辺りの記述も曖昧だけれど、アズラニカが生まれてから後は文章の毛色がガラッと変わっている。思わずわ二度見したくらいだ。


 例えるなら、そう……『かわいい甥っ子(甥っ子ではない)観察日記』ね!


 毎日の成長を喜びながら記していたのがよくわかる。前半の無味乾燥さから一転しすぎて何回転してるかわからないわ。でも一人に充てた平均のページ数を大幅に上回っているのはちょっとやりすぎじゃないかしら……。

 ただおかげでアズラニカの幼少期に関してはよく知ることができた。なるほど、紅茶が匂いすら苦手なのね。


「……」


 私と過ごした時に紅茶を飲んだこともあったと思う。

 今は克服しているか、それとも我慢してくれていたか。どちらにせよこの記録がなかったら思い至ることすらなかったかもしれない。

 心の中で感謝しながら他の情報を目で追っていると、途中で少し毛色の違うページがあった。


「えっと、これは……レシピ? 料理のよね?」

「ゼシカ様、上に料理名が書かれていますよ」


 どうやら『ルプラリンゴのカレー』と銘打たれたレシピらしい。

 ルプラというのはナクロヴィアの東に位置する地域の名前で、察するにそこで生産されたリンゴなんだろう。そのリンゴを用いたカレーだった。

 前後のページに目を通した感じ、これはアズラニカが幼い頃に好きだった。メニューのようだ。


「好物のレシピまでメモしてるなんて筋金入りね、記録官オト……。……」

「ゼシカ様?」

「……これだわ! メルーテア、厨房を貸してもらえるか交渉してきてもいい?」


 素早くレシピを別の紙へ書き写す私を見てメルーテアは目をぱちくりさせ「まさか……」と呟く。


 ええ、そのまさかよ。

 好みが変わっているかもしれないけれど――少しは近づけるきっかけになるはず。


「ルプラリンゴのカレー、私が作ってアズラニカに差し入れするわ!」

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