第9話 様子のおかしいアズラニカ

「し、書庫に封印されていた……魔神……?」


 報告を受けたアズラニカの第一声がこれだ。

 致し方のないことだと思う。私だって書庫整理に参加しなかった翌日に「書庫に魔神が封印されていて名前を呼んだら出てきた」なんて報告をされたら目が点になるもの。

 事のあらましとサヤツミ本人の説明を聞き終えたアズラニカは眉間を押さえて唸った。


「だから父は私を書庫から遠のけていたのか……それにいくら何でも皆が避けすぎだと思ったんだ、人払いの魔法でもかかっていたのかもしれないな」

「ははは! そうやって頭を悩ませてる姿、ラジェカリオにそっくりじゃないか! いやぁ遺伝とはいつ見ても面白いなぁ!」


 そうアズラニカとは正反対の表情で明るく言いながら、サヤツミはヒールで床をカツッと鳴らす。


「ひとまず……俺は時の経ったこの世界を見てみたいと考えてるんだ。それには拠点が必要だから、引き続き城の世話になるよ。いいね?」

「……」

「おお、神を前にその嫌そうな顔!」


 アズラニカにとっては『好きな子と結婚式をするために早く仕事を片付けるぞ! その後は新婚生活だ!』と頑張っているところに突然尊大な態度の神様が割り込んできて「一緒に住ませて!」と言ってきたも同然だ。まあ嫌な気持ちはわかる。

 サヤツミは肩を揺らして笑うと牙を覗かせたまま人差し指を立てた。


「なにもタダでとは言わない。国の結界用の魔力リソースが足りてないんだろう? その半分くらいなら受け持ってあげてもいいよ」

「半分!?」


 思わずイスから立ち上がったアズラニカは私が同席していることを思い出したのか咳払いをして着席する。

 ファルマにそんなものはないけれど、ナクロヴィアには外敵――敵意を持った人間を弾く結界が張られている。魔王の許可があったり感情をコントロールする訓練を受けた人間ならすり抜けられるものだけれど、戦争として大量の人間が集えば大なり小なり敵意は芽生えるものだ。

 そのため人間と魔族は敵対していても大規模な戦争は起こっていなかった。


 ――これは魔族側が戦争を望んでいないのも大きい。

 きっと結界もそのために用意されたものだ。


 ゲームで勇者がナクロヴィアに侵入した際は結界の要の一つを破壊して、綻びを作ってから手薄な場所を狙って入っていた。たしかその時に仲間の一人が負傷したんだったかしら。

 それほど大規模な仕組みだった。

 恐らく使用されている魔力の量も半端ない。その半分を受け持つ、とサヤツミは言っているわけだ。……アズラニカからしたら国家予算の半分を持ちますよ、って言われたみたいな驚きかしら。


 さすがのアズラニカもこれには唸りつつ了解するしかなかった。

 私情より国民の安全を取るなんて偉いわ。……一国の王様が単騎駆けで私を攫いに来たのはどうかと思うけれど、今は言わないでおくことにした。


「さーて、話し合うべきことはこれくらいかな? 何か言っておくことはないかい?」


 まるでそちらの方が一国の王のような振る舞いをしながらサヤツミが訊ねる。

 そこで後ろに控えていたメルーテアが何か話したそうにしているのに気がついた。

 王の前で発言するのに許可が欲しいがどうしようか迷っている、そんな風に見えたので私から「何か質問でもあるの?」と話を振ってみる。

 そこでアズラニカがふと何かを思い出したような顔をし、そちらからも話を促した。


「――魔神様は先代の王と記録官のお二人と仲が良かったとのことなので、一応お耳に入れておこうかと思いまして……」

「なんだい?」

「言うタイミングを逃していたのですが」


 メルーテアは胸元に手をやりながら言う。


「記録官オトは私の祖父です」


 ……なるほど、これは一応伝えておくかって気になる事柄だわ。

 納得しつつ記録官について話した際にメルーテアが「歴史書をお遊びでなく自力で纏め始めたのもその方だと聞き及んでいます」と言っていたのを思い出す。

 聞き及んでいるのはおかしくはないけれど、誰から聞いたっていうのは言ってなかったわね。祖父であったとしてもメルーテアが物心つく前にオトが亡くなっていたのだとすると、この言い方もまあ納得できる。

 そう考えていると目をまん丸にしていたサヤツミがあっという間に笑顔になった。


「言われてみればそのオレンジ色の明るい髪の毛、オトにそっくりじゃないか! あははは! あいつが侍女の格好をしたらこんな感じだったかもしれないな! やっぱり遺伝って面白すぎるぞ!」

「また変な角度から喜んでる……」


 私の呟きにサヤツミは「だって面白いものは面白い!」と大笑いすると、全員を一瞥して言った。


「しばらくは退屈することがなさそうで良かったよ!」


     ***


 魔王アズラニカに攫われ――もとい自ら攫われ、ナクロヴィアを訪れ、記録官を目指すという夢を持ち、そんな日常に魔神サヤツミを加えてから二週間が経った。


 時間が経つのはとても早い。そう思い知らされる。


 サヤツミは相変わらずの様子でナクロヴィア各地を漫遊しているらしく、たまに帰ってきては「可愛い人間の子、お土産だよ!」と色々な食べ物や物産をくれた。

 大体は美味しいお菓子やアクセサリーだけれど、何かのまじないに使いそうなおどろおどろしいお面を貰った時はちょっと持て余した。

 魔除けになりそうなので今はベッド脇に飾っている。

 ……魔王の国で魔除けなんて不思議な感じだけれど。


 そんな日々の中、書庫とその中の本の修繕もゆっくりなものの進んでいた。

 あれから書庫の奥に行くと本棚の向こうに隠し扉があり、その中にサヤツミの封じられていたガラスケースが壊れているのを発見した。

 危ないから出てきた時に片付けていってよ、という気持ちはあったものの、仕掛け付きの本棚と隠し扉という浪漫溢れるものを見れてテンションが上がったので怒りはなかった。

 隠し脱出路とかもそうだけど、こういうのって結構好きなのよね……!


 そうアズラニカに語ったのは――そう、もう十日も前。


 結婚式の話も進めたかったのだけれど、なぜか最近アズラニカの様子がおかしい。

 相変わらず想いは寄せてくれている。

 でもなかなか話す機会を作れなくなってきた。ただそれだけなら忙しいのだし気にはしないんだけれど……ある日廊下で聞いてしまったのだ。


「陛下、本日の仕事は我々だけで片付けられます。ここしばらくお忙しかったでしょう、陛下はどうぞゼシカ様のところへ――」

「いや、いい。……大丈夫だ」


 そう断るアズラニカの声を。

 なんだか少しモヤモヤしたけれど、本人が会いたくなさそうなのに私から「私に会いたくないんですか!?」と突撃するというのもちょっと短絡的だわ。


 でも――もし『相変わらず想いは寄せてくれている』というのが私の勘違いだとしたら。


 私がこの国に居させてもらえる理由も無くなり、またファルマに送り返されるか別の国で一人で生きていくことになる。

 多分サポートはしてくれるし、サヤツミも助けてくれそうだけど、ナクロヴィアの記録官になるという夢は諦めるしかなくなるだろう。

 由々しき事態だわ。


(せめてアズラニカと無理なく話せる機会を作れたらいいのだけれど……)


 加えて彼のことをもっとよく知り、知った上で距離を縮められるようなことがあれば。

 そう思いを巡らせた時、脳裏にある考えが浮かんで私は本を写す手を止めて立ち上がった。


「そうだわ、これならいけるかも!」


 そうと決まれば善は急げ。

 私は思い至った『あること』を確かめるため、書庫の本棚を一つずつチェックしようと駆け回ることにした。

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