第8話 友の終わりを見せてくれた
親しげに名前を呼んでいたということは、封印されている間に友人が死んだってことなのかしら。日記が途中で終わっていたのはラジェカリオにとっても友人であるオトが死んだから?
そう予想を立てているとサヤツミが日記の中身をこちらに向けて言った。
「オトは病で急死したそうだ。あいつは綺麗好きだったからここを封印場所に選んだのになぁ、まあ確かに目覚めた時にやたら汚いなとは思ったんだ」
「ええと……その二人はあなたの友人だったの?」
「そんな高尚なものじゃないが、まあそう呼んでも否定する気は湧いてはこないな」
まわりくどい。
けどそれだけ複雑な思いを抱えながら接していた相手なのかも。
「日記の最後の方は闘病日記だな。ラジェカリオも病死したようだ。日付的に呪いが減退する前だから、死ぬ前に俺を目覚めさせるって選択肢は選べなかったらしい」
「……あの、その、何と言えばいいか……」
出会ってすぐとはいえ、永い眠りから覚めてすぐに友人二人の死を知ったサヤツミの心情を思うと何と声をかけていいかわからなくなる。
しかし当のサヤツミは満面の笑みを浮かべると再びヨーシヨシヨシと撫でてきた。
「心配してくれてるんだね、なーんて優しい人間だろうか! 愛い奴め!」
「勢いが! 勢いがありすぎて首がもげる!」
「そうだ、君は何て名前なんだ? さっきその魔族が呼んでいた気が……というかここは魔族の国なのになぜ人間が城内に?」
サヤツミのもっともな疑問に答えるべく、そしてそれを盾に撫で回し攻撃から逃れるべく、私は髪を整えながら名乗った。
「わ……私はゼシカ。先日魔王アズラニカに嫁いできた――人間の国、ファルマの第一王女よ」
***
私の身の上とここへ来た経緯を掻い摘んで話す。
聞き終えたサヤツミは「なるほど」と自分の顎を撫でた。
「人間は愚かなところも可愛いなぁ」
「ブレない……」
「しかし大変だったろう。ここでは俺を頼るといい、長く眠りすぎて力は落ちているようだがすぐに回復するからね!」
「あ、ありがとう。けどアズラニカが居るから多分大丈夫よ」
そう言うとサヤツミは牙を隠すように口を尖らせる。
「現魔王ってことはラジェカリオの息子か孫辺りだろ。いや~、信用できないなぁ」
「それはあなたも同じ……っていうかラジェカリオの? あっ、だから書庫に近づくなって言われてたのね!?」
封印されているとはいえ、まだ呪いが残っているサヤツミに息子のアズラニカが近づいたらうつってしまうかもしれない。それを心配して「あの部屋には近づくな」って言い聞かせていたんだわ。
ラジェカリオとオトに呪いから身を守るすべがあったのかはわからないけれど、友人のよしみで封印の番をしていたとしたら、他の魔族から忌避されていた書庫を封印の場所に選んだのはラジェカリオ側から見ても理に適っている。
その話をサヤツミに伝えると彼は「過っ保護~!」と笑った。
「呪いが漏れないよう厳重に封じたのにさ! 安全でなきゃ俺もこんな場所を封印の場所に選んだりしないぞ!」
「厳重……なら何で名前を呼んだだけで封印が解けたの?」
「ん? 名前は強い言霊だからね。時間の経過で解けかけていた封印が名前を呼ばれたことで完全に解けたんだ」
サヤツミは自分の毛先を指先でくるくると弄る。
「俺の名前はもう俺しか呼ぶ者がいないと思っていた。自力で突き止めて欲しくてあいつらにも教えてなかったんだ。このメッセージカードはヒント兼答えとして渡したものだ」
ぐしゃぐしゃになった後にしわを伸ばされたメッセージカードを摘まみ上げ、サヤツミは小さくため息をついた。
「まあ二人は気にせず魔神呼びだったが……これも封印後に気が向いて調べてみたけど、全然突き止められなくってむしゃくしゃして握り潰したんじゃないかな」
「――気にしてたと思うわよ。だから文字に関する本の内容がここまで充実してたんだと思うの」
私はメッセージカードの文字を調べるために使った本をサヤツミに見せる。
これがあったからすぐに突き止められたけれど、ラジェカリオやオトは自力で調べたんだと思う。
むしろそのためにナクロヴィア各地の文字、それどころか人間の領域の古代文字まで網羅したんじゃないかしら。
目をぱちくりさせたサヤツミはもう一度ラジェカリオの日記を開き、オトの死因が書かれるより以前――自身が封印されてしばらくした頃の記述に目を通した。
「……欲しい情報はここより後だとあたりを付けて読み飛ばしていたが、……」
彼の視線の先を覗き込む。
そこにはラジェカリオがメッセージカードを握り潰した時の心境が書かれていた。
「二人はあなたの封印に賛成じゃなかったみたいね……?」
「うーん……そこまで気にすることかなぁと当時から思っていたんだが、想像していた以上に俺のことを大好きだったみたいだね」
日記の内容を要約すると、ラジェカリオとしてはサヤツミに対して「一人でカッコつけやがって」という悔しさや怒りといった感情があったらしい。
サヤツミ本人にはどうってことないことでも、二人にとっては長い間封印される道はとても酷いものに思えたようだ。
なんでサヤツミがこんな目に遭わなくちゃならないんだと、なんでその道を回避できるだけの力が自分たちに無いんだと悔やみに悔やんでいた。
「それだけじゃなくて、二人は寂しかったんじゃないかしら」
「寂しい?」
「あなたがひと気の無い場所じゃなくってここを選んだのも、本当は寂しかったからなんじゃない?」
オトが記録官なら部屋が清潔に保たれているだろうから、っていうのは理由のすべてではない気がした。
だってそれだけにしてはサヤツミの表情があまりにも複雑だ。
「俺が寂しいって? ……どうだろうなぁ、けど否定しきれない。だって人間じゃなくってもあいつらと居るのはそれなりに楽しかった、それは事実だからね……ふむ……」
サヤツミはもう一度日記の記述を視線でなぞり、そして穏やかな声で訊ねる。
「この日記、写し終えたら俺が貰ってもいいかい?」
「結構汚れてますが、それでもよければ」
「もちろん! これは俺の友の終わりを見せてくれた。……それだけで大切な本だ」
――あ、これだ。
私はこのために記録官として物事を書き残し保存したいんだ。
こうして残しておけば、いつか来る未来のためになる。気持ちを残すこともできる。
記した人が亡くなったとしても。
その大切さを再認識し、噛み締めながら私は「よかったわね」と日記の表紙をひと撫でした。
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