第7話 書庫のサヤツミ
響いてきたのは靴音、しかもヒールの音だ。
靴音の主は暗闇の向こうからこちらへ歩いて来ているらしく、徐々にそのシルエットがはっきりとしてきた。
まず背が高い。アズラニカといい勝負だ。
ヒールを履いているがそのせいだけではないらしい。雰囲気からすると男性かしら。
そうして光の届く範囲に現れたのは――金色の長髪を後ろでゆったりと結い、前髪を左右に分けた青年だった。
垂れ目の柔らかさに釣り眉の力強さが合わさったコントラストが凄い。
一目で見てわかるほどの美形だったけれど、縦に長い瞳孔と八重歯のような牙が人間ではないことを示している。
(人間ではない……のはいいわ、ここはナクロヴィアだもの。けど一体どこから出てきたの?)
じつは書庫の奥に別の出入り口があって、そこから入ってきたとか?
青年はうっすらと笑みを浮かべており、それが友好的にもそうでないようにも見えた。私は警戒しながら声をかける。
「あなたは誰? どうして書庫にいるの? 城の人?」
「さっき名前を呼んだのは君かい?」
質問に質問で返された。
誰かの名前を呼んだつもりはないけれど――もしかしてさっき口に出したメッセージカードの四つの音?
だとするとこの青年はサヤツミという名前なんだろうか。
まったくもって状況が掴めない。
「……あ、あれが名前ならそうだけど」
ひとまず返事だけしておく。いざとなったらアズラニカに助けを求めよう。
すると青年は突然人の良い笑みに切り替え、髪をなびかせてこちらに近寄ったかと思うと、私をぎゅうっと抱き寄せて頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「おぉ! 忘れ去られた名前を呼ばれたのはいつぶりだろう!」
「ちょ、ちょちょちょ」
「しかも人間の子じゃないか、なんて可愛らしいんだ! おかげで微睡んでいた頭もはっきりしたよ、ありがとう!」
「なに!? どういうこと!? ああーっメルーテア! 大丈夫、イスで殴ろうとしなくて大丈夫だから!」
青年、サヤツミの手つきはセクハラというよりアグレッシブに犬猫を可愛がる人のようだった。というよりもまさにそれだ。
もちろん下心の有無に関わらず突然の過度なスキンシップは控えてほしいところだけれど、サヤツミは嬉しさが爆発して色んなことが頭から吹っ飛んでいるようだった。
メルーテアはメルーテアで不審者にぎょっとし、間髪入れずにイスで殴りかかろうとしている。その表情には怯えが見え隠れしているものの、瞳に宿っているのは明らかな殺意だ。
逃げて助けを求める前に自ら応戦しようと即座に動いてくれたのは頼もしいものの、書庫で血を見るのは勘弁してほしい。
ひとまず二人には落ち着いてもらい、一体何がどうなっているのか説明してもらうことにした。
本当にこの人がサヤツミなのだとしたら、彼の名前が書かれたメッセージカードが蔵書に挟まっていたことになる。つまり侵入者ではなく関係者という可能性があるわけだ。
私を両腕から解放したサヤツミはにっこりと笑って言った。
「いやぁ、久しぶりの自由にテンションが上がってしまった。しかも人間の子が居たからついつい。ごめんよ!」
「は、はあ……」
「俺はサヤツミ。人間が付けた名だが気に入ってそう名乗っている」
「人間が付けた? でもこれは古代語じゃ……」
魔族の寿命は長いため、人間にとっては古代でもサヤツミが当時から生きていても不思議はない。しかし何だか違和感がある。
するとサヤツミは当たり前のことを述べるように言った。
「俺は彼らに信仰されてたのさ。だから愛でて守ってあげた」
「……!? もしかしてあなたは文献にあった守り神?」
「魔神だよ。ああ、でも守ってたから守り神って呼んでもおかしくはないか」
魔神、と私はメルーテアと顔を見合わせる。
この世界でも神様は居ると信じられているものの、実際に見たことがある人はほとんど居ないとされている、そんな存在だった。
そしてゲームでは勇者を遣わせた神を
ただしゲーム内では魔神はすでに封印された後で、フレーバーテキスト以外に出番はなかったのよね。
この人が本当に魔神だとしたら、言動から考えるに――
「サヤツミさんはこの書庫に封印されていたの?」
――そう疑問を口に出すと、サヤツミは「その通り!」と笑ってから「でも補足があるな」と口を開いた。
「封印してもらったんだ。ちょっと厄介な呪いを貰ってね、時が経てば中和されていくものだったけど、感染性があったから皆にうつしたくなくってさ」
「の、呪い……」
「今は解けてるよ、……完璧すぎるほどに。おかしいなぁ、本当はある程度解けて解呪魔法が効くようになったらあいつらが封印を外してくれる予定だったんだが。ねえ、君」
サヤツミは貴族のような服装に似合わず、酒場の兄ちゃんのようにしゃがむと私の目を見て訊ねる。
「ラジェカリオとオトはどこ?」
「……っやっぱりあの本と関係あったのね!」
オトという名前には聞き覚えがないが、ラジェカリオなら知っている。ついさっきまで写している最中だった日記の作者だ。
それを告げるとサヤツミは仄かに目を見開いた後、日記を見せてほしいと申し出た。
まだ作業途中の日記を手渡すと、彼は丁寧な手つきでページを捲っていく。そして私が確認済みのページをあっという間に越えていった。
(内容はまだ最後まで確認してないけれど……)
ラストは真っ白なページの連続で終わることだけ知っている。
するとサヤツミは日記の中間ほどで手を止めた。
「ああ、オトは死んだのか」
それは、じつにつまらなさそうな、そして惜しんでいるような声音だった。
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