第22話 探せ、魔王の物置き!

 古の情報が眠る『魔王の物置き』を探すべく、私とアズラニカはサヤツミの案内のもと城を発った。


 こんなタイミングだ、魔王が再び城を留守にするのはそれなりにリスキーなことだったけれど、今回の行き先と目的を「重要だ」と考える人が多かったのか反対意見は出なかった。

 むしろ早く見つけて戻ってきてほしい、と準備を手伝ってくれたのでスピーディーだった気がする。

 メルーテアとリツェは心配してくれたものの、他でもないアズラニカとサヤツミが同行するため私の「大丈夫よ」という言葉にも大分説得力があったと思う。

 少しでも安心させられているといいのだけれど……。


 そう、そして今回の外出には二人以外の護衛は同行していない。

 探し物のために村へ行った時は護衛がいた。調査中は邪魔にならないよう、村の中に限り自由にさせてくれていたけれど、国の重要人物なので当たり前といえば当たり前だ。

 しかし今回向かうのは本来なら魔王しか知らない場所。

 妻となる私はともかく、不特定多数に知られるのは良くないという結論に至ったわけだ。


 サヤツミは不可抗力だけど、本来の掟を破って変なことが起こっても困るものね。


 そんなこんなでナクロヴィアの北の果て、オールドミネルバという地域の山の麓まで辿り着いた私は――予想以上の寒さに歯を鳴らすはめになっていた。


 ナクロヴィアは広いけれど、ここまで北と南で気温差があるとは思っていなかった。

 資料ではこの季節でも二十度くらいあったはずなのだけれど、と思っているとサヤツミが肩を竦める。


「先月ここを根城にしていた不死鳥が休眠期に入ったんだ。死んだように眠って、目覚めたら再び子供から始まるやつ。そしたら徐々に気温が下がったらしい」

「よ、よく知ってるわね」

「漫遊してた時に立ち寄ったからね!」


 するとアズラニカが眉を顰めて周囲を見た。

 風は乾いていて冷たく、刺すように寒いとはまさにこのこと。そして深くはないものの地面にも木々にも雪が積もって真っ白になっている。

 突然の温度変化のせいか、雪の間から僅かに覗く草花も萎れていた。


「おかしいな、こんな報告は上がっていないが……」

「あー、報告したって意味ないからだよ、来月には不死鳥も目覚めるしさ。あと住民は大体予測して食糧を溜め込んでいるし、農作物も事前に対策済みだから心配ない」


 ――どれも書庫の情報にはなかったものだ。

 しかしサヤツミの話を聞く限り、長い間この土地で根付いている事柄らしい。住民たちにまるで自然現象のように受け入れられるほど。

 サヤツミは私に向かってウインクした。


「実際に見てみないとわからないことも大切だろう?」

「ええ、たしかに……」

「そして記録も同じくらい大切だ。帰ったらこのこともしっかり記して後世に遺すといい」


 きっとこれからの人々の助けになる日がくる、とサヤツミは言うと何もない空間から唐突にコートを取り出した。

 裏に起毛の付いたふわふわのコートで、首回りにはファーまで付いている。

 サヤツミはそれを私の肩にかけた。


「俺とアズラニカはへっちゃらだけど、人間の身には堪えるだろ。これを着ておくといい」

「ありがとう、……今なんだかとっても便利なことをしたわね?」

「俺専用の収納空間を作ったから持ち歩いてるんだ、ここにあるよ!」


 サヤツミは何もない空間を指さし、牙を覗かせて笑う。うーん、さすが魔神だわ。

 そう感心しているとアズラニカがずいっと前に出て「これも」と私の手に手袋を付ける。道中世話になったドラゴンに騎乗する際にアズラニカが付けていたものだ。


「嫌でなければ付けてほしい。手も真っ赤だ、……自分が平気だからと気づくのが遅れてすまなかった、今後はこのようなことが無きよう気をつけ――」

「そこまで反省しなくていいのよ!?」


 二人とも震えてないなぁとは思っていたけれど、寒さに耐性があったからなのね。

 寒いって自己申告しなかった私も私だからおあいこだわ。

 お礼と共にそう伝えると、アズラニカはホッとした様子で微笑んだ。


 そうして私たちは目前にそびえ立つ山にあるという魔王の物置きを目指して登山を開始した。

 ……そう、登山だ。遊びに行くわけじゃないとあらかじめわかっていたから動きやすい靴にしておいてよかった。

 ただサヤツミには気候も含めて事前に知らせてほしかったところだけど、彼にとっては些細なことだったのかもしれない。


(それに自分の身を以てしっかりと知れたのは収穫よね)


 より具体的なことを記録として纏められる気がする。

 そんな前向きな気持ちは移動が二時間を越えた辺りでちょっと折れそうになったけれど、程なくしてサヤツミが「あ~! あったあった!」と崖の中腹にある横穴を指したことで回避された。

 横穴といっても模様の書き込まれた板で蓋をしてあり、かなり見つけづらい。

 サヤツミはあの模様は人避けと隠れ蓑の魔法だったんだと説明してくれた。


「でも経年劣化で今はただのゴミだ。本当は魔王が管理する場所だから、その魔王が都度都度修繕するべきだったんだが……」

「……今後は善処しよう。存在を知ったからには放置はしない」

「あはは、もし魔法が苦手なら俺が教えてあげるよ。可愛い人間の旦那だし、少し人間も混ざってるからね!」


 サヤツミ的にはクォーターのアズラニカも一応は愛でる対象に入っているらしい。

 少しばかり複雑そうな顔をしながらアズラニカは「その時は頼ろう」と頷いた。


「さぁて、少し雪も強まってきたしさっさと入ろうか。ゼシカ、また俺がだっこして行っ……」

「私でもゼシカを安全に連れて行ける」

「おお」


 再び腕を広げたサヤツミの間に割って入り、アズラニカが私を横抱きにする。

 あまりにも軽々と持ち上げるので「重くないかな?」と心配する間すらなかった。


「ア、アズラニカ」

「大丈夫だ、ゼシカ。岩を蹴って登っていくから体に響くかもしれないが……」

「それは大丈夫よ。その、よ、宜しくね?」


 アズラニカはこくこくとな頷いた後、更に追加でこくこくこくと頷いた。やる気満々だ。

 それを見ながらサヤツミはにっこりと――というよりもにんまりと笑い、再度頭上を指さした。


「それじゃあ行こうか!」

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