第24話 いいもの見つけた
三人で手分けして古代の神についての記述を探し続ける。
城の書庫と異なり石板がメインになるため、確認作業だけでも相当な力仕事だった。
高い位置の石板はアズラニカとサヤツミが取ってくれたものの、目線の高さまでなら私も率先して自分から取りに行く。確認のために手に取るたび二人の助けを借りてちゃ効率が悪すぎるわ。
しかし手袋があっという間にボロボロになってしまい、心配したアズラニカが少し声を低くして言った。
「ゼシカ、これは提案なのだが……私が選別と運搬を、ゼシカが確認を担当するのはどうだろうか?」
「でもそれじゃ」
「見ての通り私は古代語を読むのがお前より遅い。それを加味して考えると、こちらの方が効率がいいのではないか」
もちろん運搬の必要がない間は私も確認する、とアズラニカは言い重ねる。
そこへ高い位置からサヤツミの声が飛んできた。
「石板は元の位置へ戻す作業もあるだろう? このままいくと素手で作業することになる。俺はゼシカの手が荒れるのは嫌だなぁ」
そう、石板は確認してそのまま適当に積んでおくというわけにはいかない。
魔王の物置きなんて呼ばれているけれど、ここは貴重な資料の保管庫だ。手に取ったものは元の位置に戻すのが鉄則である。どれだけ戻すのが大変な場所だとしても。
――うん、悩んでる間がもったいないわね。
「わかったわ、ごめんね。その形でお願いしてもいいかしら?」
「うむ。ではこの石板の続きから持ってこよう」
アズラニカはどこか嬉しそうに頷くと、すでに確認済みの石板を十枚ほど持ち上げて歩いて行った。
……あれ何キロなのかしら。
たしかにこの役割分担がベストかも。
そうして数時間経ち、持参したサンドイッチを三人で食べ、日が暮れた後は近くの宿で一泊した。
一日で見つかるとは思っていなかったので心の準備は万端だったものの、アズラニカとサヤツミとは別室だったのは少し面食らった。
私は夫婦だし同室でも良かったのだけれど――アズラニカが「同じ部屋で寝るのは、その、もっとちゃんとした形にしたい」というピュアな意見を出したのだ。ベッドが別でも部屋が城のものより狭いので思うところがあるらしい。
サヤツミには呆れられていたけれど、うん、可愛いから嫌な気持ちはしないわね!
何か物騒なことがあれば文字通り飛んできてくれるそうなので、安心して眠ることができた。
そうして迎えた翌朝は静かなもので、雪が積もっているとこういうものなのかと思ったものの……すぐにもうひとつの理由に思い当る。
「そっか、侍女のいないところで寝起きするのは久しぶりだったわね……」
メルーテアの顔を思い出したところで、ファルマで私の世話をしていた侍女たちの顔も一緒に思い出す。
もしかするとこの世界に転生してから初めてじゃない?
え、ちゃんと予定してた時間に起きられたのかしら。時計がないから確認できないものの、なんだか太陽が高いような――高いわ!
慌てて着替えを済ませて部屋を出ると階下からアズラニカの呼ぶ声がした。
この宿は中央に食事スペースがあり、客室はその周りをぐるりと囲むように配置されている。更に一階と二階に分かれており、私たちの部屋は二階だった。
魔王ご一行が突然現れては一般住民がパニックになるため、旅人を装って宿泊している。そのため部屋もまあまあ質素だったけれど、朝食は宿泊代に含まれているので起きた後は一階に集まることになっていた。
見ればアズラニカがサヤツミと共にテーブルについてパンを切っていた。
「ごめんなさい、もしかしてもう昼に――」
「いや、安心しろ。まだ昼前で、我々も少し遅い朝食をと思って下りたところだ」
「ぐっすり寝てるみたいだったからね、もうちょっと寝かせといてあげようって話になったんだよ」
精神的には成人済みの女性としては恥ずかしいわね……!
でも思っていたより時間が経ってなくてよかった。そうホッとしているとアズラニカが隣の席を勧めてからハムとチーズを挟んだパンを差し出した。先ほど切っていたものだ。
「今日もうんと疲れることになる。しっかり食べてから行こう」
「そうね、……ふふ、ありがとうアズラニカ」
ちょっと恥ずかしい思いはしたけれど、今日も頑張って情報を探しましょう。
そう意気込んで齧ったパンは少し固かったものの、とても美味しかった。
***
魔王の物置きに保管されている古い情報の中には取るに足らないものもある。
その時代の流行りを纏めたものや、他国から贈られた珍しい動物の観察日記、中には魔王の親ばか日記などもあった。
ラジェカリオの代までやってることが変わらないわね、ナクロヴィア……!
一生懸命解読してそういう情報が出てくれば普通はガッカリするかもしれないけれど、私は少し嬉しくなる。
ゲームの世界だとしてもここは存在していて、遥か昔も生きている人がいた。そしてそんな人たちから受け継がれてきたものがある。
それを垣間見ることができるからだ。
もちろん有事に読むのは後回しにすべきものだけれど――でも翻訳を挟む関係上、しっかりと目を通さないとわからないのだから不可抗力よね。
そんな情報の中には不思議な話も多くあった。
(子供の頃に遊んだ不思議な友達、か……)
大人たちに訊ねても全員「そんな子は知らない」と返され、大人になるにつれ自分も見ることがなくなった友達の話だった。
石板に刻まれた逸話の中には一緒に遊んだ内容や、謎の友達の好物を二人で食べた思い出話などが収められている。
こういう少し不思議な話って昔から好きなのよね。
すべてが落ち着いたらここの石板の内容も書き写させてもらおう。紙の方が長く保たないのは明白だけれど、記録官として内容を把握しておくことは重要だもの。
その時、背後からサヤツミの「いいもの見つけた!」という明るい声が響いてきた。
「どうしたの?」
「俺がこっち側にあんまり顔を出してなかった頃の記述だ。ほら、この頃にも古代の神が人間に呼び出されたことがあるらしい」
まさに求めていた情報だ。
私とアズラニカは慌ててサヤツミの傍へと駆け寄る。
サヤツミは分厚い石板をこちらへ向けた。私は目を細めてそこに刻まれた文字を追う。
「古代の神は……やっぱり人間が嫌いみたいね。この頃から魔族には友好的だけれど人間に対しては虫を見た時みたいな反応だったみたい」
「しかも虫は虫でも不快害虫だね。こんなに可愛いのに……」
「……! 荒ぶる古代の神を鎮めて封じ直した記述があるわ!」
それは古代の神が好む米を使って豪勢な料理を作り、それを捧げて魔族の装いをし舞を披露する儀式だった。魔族の装い、っていうのは人間だけがするみたいね。
そうして古代の神を鎮めてから、特殊な魔法で再び封印を施すらしい。
特殊な魔法とはどんなものなのか。今も伝わっているのか。不安になってアズラニカの方を見ると「いくつか心当たりがある」という言葉が返ってきた。
「これは人間の国で行なわれた方法のようだが……記述を見るに、この頃の魔族と人間は良好な関係を築いていたようだ。ならばナクロヴィアに残っている封印の魔法にもこの時と同一のものがあるかもしれん」
「よかった、これで一歩前進ね。……よし! まずはこれを全文書き写すわ。ご馳走や舞については私が調べてみる」
年代も石板に刻まれた日付から割り出せたから、城の書庫にあるその頃の食生活や文化について書かれた書物を当たってみましょう。
そんな書物を見かけた記憶があるので、この保管庫から探すより早いはずよ。
私たちは保管庫の石板をしっかりと元に戻し、次にここを訪れる時は魔法を修繕する時であることを祈りながらオールドミネルバを後にした。
これで少しでも早く対策を練れると信じて。
――しかし早速躓くことになったのは翌日のこと。
古代の神を鎮めるのに使われた、好物の米。
その米が現代ではもう作られていない種類だと判明したのである。
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