第26話 ゼシカ、深夜の寝室訪問

 確認できた古代米の最後の産地は遠く離れたバスクオールという土地だった。


 もちろんナクロヴィアの国内であることに変わりはないけれど、この国も一枚岩じゃない。

 バスクオールも反乱分子や危険な荒くれ者の根城が多数ある場所のひとつだ。


 ……というのをメルーテアから聞かされたけれど、地名を聞いて思い出したのよね。

 ゲームでも強敵が多い場所で、けれど同時に経験値が美味しくてレベリングに最適な場所だったのよ。金策の時といいなんだか申し訳ないわ。

 バスクオールで狩っていたのは悪人とはいえナクロヴィアの国民だものね……。


(でも今はこの国を救いたい気持ちしかないわ。切り替えていきましょう)


 ゲーム内でプレイヤーが行なったことは反映されていない。

 ここで罪悪感を感じてモチベーションを落とすより、もっと前向きに進めていきましょう!

 ただ、それとは別に気掛かりなこともあり、私はベッドで横になってもなかなか寝つけないでいた。


「古代の神の召喚……もしそれが成功したら、きっと一番に狙うのはナクロヴィアよね」


 留守中にこの城へ攻め入ってくる可能性も十分にある。

 それを想像すると正直言って怖い。

 もしバスクオールに居る間にアズラニカたちに何かあったらどうしよう。ついついそんなことを考えてしまう。縁起でもないのに止められないのは自分で思っているより不安が降り積もっていたせいだ。


 サヤツミに先に戻ってもらってもどれだけかかることか。

 帰ってきた時にアズラニカが居なくなっていたら、私はきっと今想像している気持ちの何倍も悲しくなる。


(……私……結構、いえ、かなりあの人のことが好きになってたのね)


 ゲームの中の魔王アズラニカしか知らなかった。

 でも実際に顔を合わせ、愛情を与えてもらい、沢山話し、見たこともなかった姿を目にしてきた今は違う。彼は可愛い人だ。

 そして彼が私を心配し守ってくれるように、私も守ってあげたい。

 この気持ちは親愛だけではなかった。


「――よし!」


 メルーテア宛てに書き置きを残し、私はベッドからするりと抜け出す。

 そしてアズラニカの部屋へ向かうべく廊下へと足を向けた。


     ***


 夜間に訊ねてくる補佐官もいるのか、ドアをノックして返ってきたのは「誰だ?」という威厳のある声だった。


「私よ、アズラニカ。ちょっと話があ……」

「ゼシカッ!?」


 どたんばたんという音が部屋の中から響く。

 同時に聞こえた声は裏返っており、威厳は粉々になっていた。欠片も残っていないわね。

 開かれたドアの向こうに見えた顔も驚きに満ち溢れたコミカルなものだった。

 うん、可愛らしいわ。


「一体こんな時間にどうして……」

「その、まずは部屋に入れてもらってもいい?」

「んわっ、わッしの部屋、に!?」


 凄まじい噛み方だわ!

 アタフタしていたアズラニカはどうにかこうにかといった様子で深呼吸をするとドアノブを握ったままの手に力を込めた。


「や、宿屋でも言ったが、私はゼシカと同じ部屋で共に寝ることはもっと段階を追ってしたいと思っていてだな、もももちろん嫌というわけでは決して、決してないのだが……」

「寝る前に少し話したいと思っただけなんだけれど……そんなに一緒に寝たいの?」

「う!?」


 一音しか発してないのに、そこにすべての答えが詰まっていた。

 そのせいで思わず笑ってしまう。


「私は一緒に寝るのは大歓迎よ、だって……」

「ふ、夫婦だから、であろう? しかし式もまだなのだ、お前も心の準備ができていないだろう」

「本当にウブね!? 違うわ、もし調査が長引いたらその間はずっと会えないでしょう。――私もそれなりに寂しいのよ。それに相手を心配するのもあなたの専売特許じゃないんだから」


 留守中に城の方で何か起こらないとも限らない。

 ゼナキスがやろうとしていることはそれだけ大ごとだ。

 もし調査に出ている間に事態が大きく動いて、アズラニカが危険に晒されたらと思うと――私だって怖い。そう思えるほど、今はアズラニカのことが大切だった。


「私はあなたに同じ気持ちを返したいとずっと思ってた。そして今なら返せると思ってる」

「ゼ、ゼシカ……」

「だからこそ寂しいのよ、……」


 段々恥ずかしくなってきたけれど、一応きちんと言っておいた方がいいわよね。


「わ、わ、私、自分で思っていたより貴方のことが大切で、好きみたいだから」

「……!」

「あ、あと、もちろん、その、一緒に寝るって変な意味じゃないわよ。この時期に……ええと……赤ちゃんができたら大変だし」

「……!!」


 これもちゃんと伝えておくべきことよね、大事なことだわ、ええ。

 けれど言い慣れていないことを口にするのは思っていたより恥ずかしかった。視線を逸らして俯いているとアズラニカが私の両肩に手を置く。


「それはすべてが落ち着けば私と子を成してもいいということか? 嫌ではなく、むしろ望んでくれていると?」

「も、もちろんよ。というか周りからもそういう話が出たことあるでしょう?」


 私でさえメルーテアとの会話で当たり前のように話題にされたのだ。

 アズラニカも夫婦になったなら当たり前のことだと捉えていると思っていた。反応がピュアなのも『未来的にそうなること』をイメージしちゃうから過度に反応するんだと考えていたのだけれど。

 するとアズラニカは大真面目な顔で言った。


「山ほど出た。……だがゼシカが嫌がるならそれらを全て黙らせる気でいたのだ」

「強火ね!?」

「世継ぎは必要だ。しかし私は、両親に望まれた子に将来の国を担ってほしかった」


 アズラニカの意見はもしかするとこの世界では珍しいものなのかもしれない。

 それなら今まで言い出せなかったのも納得できる。――そんな気持ちを吐露してくれたことがちょっと嬉しかった。


「アズラニカ、大丈夫よ。来たばかりの頃は困惑もあったけれど、今の私はこの国で貴方と家族になりたいし、貴方との子供も抱きたいと思っているから」

「ゼシカ……」

「女だから、妻だから欲しいんじゃないの。私が欲しいのよ。……ふふ、やっぱり恥ずかしがらずにちゃんと会話することは大切ね」


 意見の擦り合わせ、と言うと少しお堅いけれど、お互いどう思っているのかわかるとこんなにも安心するんだとよくわかったわ。

 アズラニカは頷くと優しげに笑った。


「心の準備ができていなかったのは私の方だったようだ」


 そう言って流れるような動きで私を抱き上げ、ベッドに寝かせるとアズラニカは隣へと体を横たえる。

 アズラニカに合わせたベッドなので私の部屋のものより大分広い。

 それでも端っこに寄ろうという気にはならなかった。

 アズラニカは「撫でることを許してほしい」と言って私の髪をゆっくりと撫でる。


「……旧産地はバスクオールだったか。あの土地には荒くれ者が多かった。五十四年前に危険分子は潰したが、王都のように安全とは言いきれぬ場所だ。くれぐれも気をつけてくれ、ゼシカ」

「ええ。そっちも怪我をしないよう気をつけてね。留守中に何が起こるかわからない状況だから」


 私に心配されるのが嬉しいのか、アズラニカは一度どころか三度も頷いた。

 大人っぽいけれどこういう仕草は子供っぽいわ。そして今ならしっかりと自覚できる。

 そこが可愛くて好きなんだ、と。

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