第4話 本たちのように大切に
随分と昔の作品の推しのために頑張ろう、というのは動機としては弱いかもしれない。
けれど私は彼らの歴史がおざなりに扱われている事態そのものに思うところがあった。
それに加えて何かを調べたり、書いたり、纏めたりすることが好きな自分には『記録官』という役職はとても合っているように感じられたのだ。
その第一歩を踏み出すため、まずはアズラニカに許可を取ろうと思ったけれど――彼は現在じつに忙しい。
ただ結婚式の話をするため仕事が終わった後に来てくれるそうなので、その時に話すことにした。
それまで可能な限り書庫の書物を整理しながら状態を確かめたものの……。
日焼け!
虫食い!
落丁!
破損!
カビ!
水濡れ跡!
その他諸々、大切にされていない書物の特徴がオンパレードで立ち眩みがしたくらいだ。
リツェも現状がはっきりするにつれ表情が強張っていた。
彼も本を管理している者のひとり。きっとこういう扱いをされている本を見るのは本望じゃないんだろう。
最後にはリツェもメルーテアも一緒になって本を整理してくれた。
とりあえず破損が酷いもの、そこまでではないけれど修繕が必要なもの、読めるが写しを作っておいた方がいいもの、比較的良好なものに分け、良好なものは五十音順に本棚へと収めておく。
虫除けは後日リツェが図書室で使用しているものを持ってきてくれるそうだ。
書庫にも一応虫除けは置いてあったのだけれど、どう見ても期限切れだったのよね……蜘蛛の巣まみれだったし……。
(もし記録官になる許可が下りなかったとしても、ある程度の復旧と今後の管理の徹底は約束してもらおう)
来て早々図々しいが、これは致し方ない。
うん、城の書庫の管理が杜撰っていうのもどうかと思うし。
そうあれこれ考えている間に時間は経ち、選別は――三割ほど進んだ。
書庫が思っていたより広かったのだ。奥の方がどうなっているのか考えるだけでも鳥肌が立つけれど、地道にやっていくしかない。
昼食を終え、そしてあれよあれよという間に夕食の時間になり、今日は作業を切り上げることになった。
リツェは図書室の管理もあるため、明日は手伝えないという。
代わりの人が来るらしいけれど力持ちだといいな、と思いながら自室でアズラニカを待つ。
そう、アズラニカの仕事はこんな時間にまでずれ込んでいた。
恐らく書庫の件も報告が行っているはずだ。ただ私が記録官になりたいという話は自分からしたかったのでリツェとメルーテアには口留めをしておいた。
……が、一日中書庫に籠っていた私の姿を何人かに目撃されたため、予想くらいはされているかも。
するとそこへノックの音が聞こえてきた。
入るよう促すと息を切らせたアズラニカが現れる。
「すまぬ、時間をかけすぎた……! 待ちくたびれただろう、だがどうか嫌わないでくれ!」
「か、開口一番フルスロットルですね」
「ふるすろ?」
「いえ、こっちの話です」
咳払いをし、アズラニカにイスを勧めて向かい合って座る。
よほど急いでいたんだろう、髪の所々がハネていた。昨日はチョロい、なんて思ってしまったけれど、どっちかというと可愛い人って分類かもしれない。
しかし和んでいる暇はないのだ。
「結婚の話の前に話したいことがあります」
「うむ、書庫の話か?」
「……! 話が早いですね」
内心ほっとしつつ頷き、私は書庫とそこに収められた本の状態、歴史を大切に思っていること、これからの扱いに関することを言い並べていく。
そして。
「私は過去にあったという記録官という役職になりたいんです。あなたの妻になるという立場上難しいかもしれませんが、どうか考えてはもらえませんか」
――今一番伝えたかったことを口にした。
もしアズラニカが頷いてくれなくても、書庫の本は今より良い扱いにしてもらう。
そう改めて決意しながら返事を待っていると、アズラニカは一拍置いてから私に問い掛けた。
「それがゼシカのやりたいことなのだな?」
「はい」
「もし他の選択肢があってもそれを選ぶか?」
「はい、……使命感だけでなく、私の気質にも合ったものなんです」
信じてもらえるかわかりませんが、と付け加えるとアズラニカは魔王とは思えない優しい笑みを浮かべ、私の手を握って言う。
「ならば許可しよう」
「! 本当ですか!? ありがとうございます!」
「私もあの部屋は気になっていた。……他の者はただ単に忌避しているようだったが、私は子供の頃に父からあの部屋には入るなと言われていてな」
アズラニカの父、ということは先代の魔王ってことかしら。
聞けば彼の父はアズラニカを自由にのびのびと育てたが、ある時から書庫には入るなと言い始めたらしい。しかし危険なものが収められているという記録もなく、アズラニカは不思議だったそうだ。
歴史書が学生時代の日記みたいな感覚なら、息子に自分の若い頃の日記を見られるのが嫌だったとかそういう理由なのかも……?
しかしアズラニカの父は百年ほど前に亡くなっており、今では真意を訊ねることもできないらしい。
「父も亡くなりしばらく経った。私ももうあの部屋を避ける必要もあるまい」
「なるほど……」
「と、いうわけで。明日は私も同行するぞ、ゼシカ!」
「なる、……ほど!?」
満面の笑みを浮かべてそう言い放ったアズラニカにぎょっとする。
「お、お仕事は大丈夫なんですか!? 今日もずっと缶詰だったじゃないですか!」
「書庫の話とお前の様子を聞いてからずっと考えていたのだ。手伝いたいと。そしてもっと一緒にいる時間を延ばしたいと。そのために明日の分の仕事も片付けておいた」
「そのせいでこんなに遅くなったんですか!?」
「如何にも」
明日発生し明日中に処理しなくてはならない仕事はその場でこなす、とアズラニカは言ってのけた。
ベタ惚れの力って凄いのね……。
「……というかもしかして、リツェが言っていた代理の人っていうのは」
「私だ。詳しいことは奴には話していないが」
知ってたらあんなさらりと言わなかったでしょうね、多分。
とりあえず、うん、力仕事は任せられそうだわ。
そう前向きに考えることにして、私はアズラニカを見た。それに良い機会かもしれない。
(私はもっと彼のことを知るべきだし)
最初はファルマから逃れるために利用した。
ゲーム越しには知っているけれど、実際に目の前で生きて喋っている彼には心がある。
少なくとも嫌いではない、ということだけはわかったけれど――私もこの人を好きになれるよう努力をするべきだろう。これから本当に結婚をするなら尚のこと。
だってアズラニカの想いは私の思っていた以上に純粋で踏みにじっちゃいけないものだったから。
あの本たちのように。
「……ええ、わかりました。明日は頼りにしてますね、アズラニカ」
私が笑ってそう言うと、アズラニカは端正な顔に犬のような笑みを浮かべて頷いた。
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