第5話 ゼシカとアズラニカの書庫整理
翌日、書庫の整理に現れたアズラニカにメルーテアは髪が逆立つのではないかというほど仰天していた。
アズラニカはアズラニカでいつものようなマントは身に着けておらず、比較的動きやすそうな格好をしている。手伝う気満々といった様子だ。
そして私もその好意に甘える気満々である。
その道中、図書室の前を通った際にリツェと目が合い、彼もアズラニカの姿に驚いた後にすぐ真っ青な顔をしていた。
恐らく自分が私に伝えた『代理のお手伝いさん』の正体に気づいたんだろう。
胃を痛めてないといいのだけれど……。
一方、書庫の扉の前に立ったアズラニカはまるで戦場を目前にした王様のような表情をする。
父親に「入るな」と口酸っぱく言われていた場所。
そこへ足を踏み入れるのはやはり思うところがあるんだろう。
そう思っていると、私の視線に気がついたアズラニカが笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、逃げはせぬ」
「ふふ、その辺は信用してますよ。さあ、中を見てびっくりしないでくださいね、手前は片付いてますけど奥はまだまだ魔境なので!」
「それも心配いらない。薄汚れた場所へ出向かねばならないことも多かったからな、多少のことでは――」
アズラニカは扉を開く。
それと同時に漂ってきた埃とカビと傷んだ古書のにおい、そこから想像したものと寸分違わぬ景色が目前に広がったのを見て、彼は口を半開きにした。
そして口に埃でも入ると思ったのか急いで閉じ、そっとマスクをする。
「すまぬ、嘘をついた。普通に驚いた」
「ですよね……」
「雨漏り跡も凄まじいではないか、城全体にも悪影響だ。早急に修繕させねば」
「ああ、そうだ。修繕ってこの部屋で本の選別しながらでも大丈夫ですか? 本当は一旦すべて外に出して虫干しした方が良いんでしょうけど、量が凄まじいので下手に動かさない方が良いかなと……」
虫干しも一日で終わる量ではないため、外に全冊出すわけにはいかない。
そうなると順番待ちの本を置いておく部屋が必要になるわけだけれど――傷んだ本をいくつかの部屋に分けて保管ということになる。それだけ多い。
それを理解しているのかアズラニカは「そうだな……」と思案した。
「図書室へ避難させるのも得策ではないか。……幸い床は傷んでいないようだ。天井だけの修繕ならば、作業中だけその周辺を空けておけば可能だろう」
「よかった! じゃあ修繕の件も宜しくお願いします!」
「うむ。あとは本棚がいくつか駄目になっているな、これも腕の良い者を呼んで新調させよう」
それは願ってもない申し出だ。
ほくほくしながら私は今日の作業に取り掛かった。
この部屋の本がすべて綺麗になった頃には、私も記録官として多少は見れたものになっているだろう。多分きっと。……その想像に添えるように頑張らなくちゃ!
そして肝心の目的と前後してしまったけれど、この国のことも詳しく知れるはずだ。きっとそれはアズラニカのことをもっとよく知ることにも繋がる。
「……よし、やるわよ!」
私は意気込みながら一冊目を手に取った。
昨日目を通した分だけでもこの数百年に起こった自然災害の記録や各地の祭りに関する資料、花の分布や生き物の種類について色々記されたものなど様々なものがあったので、今日はどんな本が出てくるんだろうと思うと少しわくわくする。
国の文化と一言に言っても地方により違いがあるので、そういうことが細やかに記されたものがいいな……と思っていたものの、一冊目に記されていたのはどうやら日記めいた自伝のようだった。
――これこそ時間感覚が人間と違う魔族が忌避するタイプの本じゃないかしら。
しかし自伝はたしかに存在した人の目線から見た当時の風景を知る貴重な資料でもある。
私はまず自伝を一ページずつ確認し、傷んだページを割り出していくことにした。
(著者はラジ……何かしら、ラジェカリオ? 虫食いが酷いけど虫自体はもう居ないみたいね)
文字は飛ばし飛ばしだが元々書かれていた文章を予想できる余地はある。これは書き写して保管かしら、と思っていると最後に向かうにつれ文字がなくなっていた。
書いたものを製本したんじゃなくて、無地の本に直接書いたものらしい。……あれ? じゃあ日記めいた自伝じゃなくて、自伝めいた日記だったのかしら?
そう思っていると最後のページの隙間から小さな紙が落ちてきた。メッセージカードだ。元はくしゃくしゃだったのか、本に挟まれてシワが伸びた跡がある。
メッセージカードには読めない文字が四つ連なっていた。
「……? この本の作者のものかしら?」
でも本の文字は読めるのにメッセージカードの文字が読めないのがよくわからない。
もしかして本の内容と連動した小道具で、これは暗号とか?
……まぁもちろん、そんなミステリみたいな本には思えなかったのだけれど。
自伝、もとい日記の読み飛ばした部分を見れば理由がわかるかもしれないが、これは後で確認しよう、とメッセージカードと共にしまっておいた。
今大切なのは作業を進めることだ。
――どれくらい経っただろうか。
紙の本の重さはなかなかのもので、昨日に引き続きということもあって手足が重くなってきた。
部屋も日光に気をつけながら換気しているものの、少し蒸し暑い。
汗が頬を伝うのを感じながら少し休憩しようと壁にもたれ掛かっていると、隣に歩いてきたアズラニカがハンカチを差し出した。絹の美しいハンカチだ。
「疲れただろう。もう少ししたら昼食にしよう」
「ありがとうございます。……あれ」
アズラニカの頭にふわふわの埃がのっている。
少ししゃがんでもらい、何の気なしに「埃が付いてますよ」と摘まんで取るとアズラニカは照れくさそうにはにかんだ。……うーん、やっぱり可愛い人枠かも。
その光景を見ているうちに何だかおかしくなって笑ってしまった。
「どうした? まだ埃が残っていたか?」
「いえ、つい先日まで母国で細々と生きていたのに、今は魔王の城で魔王本人と一緒に書庫整理をしてるんだなと思ったら面白くて……」
「お、面白いのか」
娯楽的な面白さではないのだけれど、どうしてもギャップに笑いが湧いてくる。
ファルマに未練がないからこそかもしれない。
「……私、やっぱりあなたについて行って良かったです」
「ゼシカ……」
あとは立派な記録官になって、書庫を整えて、そこで得た知識を何らかの形でナクロヴィアに還元できればいいなと思う。
そしてこの人の色んな面を沢山知ることもできれば――と視線を上げると、丁度アズラニカがこちらに腕を伸ばしていたところだった。
そういえば思っていたより顔が近い。
しゃがんでもらったのだから当たり前だ。
思わず戸惑っているとアズラニカはそのまま手を近づけ、そして私の頭から何かを取った。
「お前の頭にも付いていたぞ、埃」
「ほこり」
「うむ。……どうした?」
この人の知らない面を知りたい。
そう思っていたはずだけれど、先に自分の知らない面を知ってしまったようだ。
頬が少し熱いのを自覚しながら、私は「少しびっくりしただけです」と誤魔化すように笑っておいた。
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