第30話 トレント・パニック!

 地下室から外へと出ると、村のオークたちがそれぞれ武器を手にして駆け回っていた。

 そんな彼らと対峙しているはずの襲撃者を一瞬認識できなかったのは、相手が周囲に生えている木々とそっくりな姿をしていたからだ。


「こ、これはトレント……しかもこんなに沢山!?」


 トレントは木の姿をしたモンスターで、ゲーム内でたびたび目にすることがあったものの、広域に出現するわけではないため転生してから目にしたのは初めてだった。

 そしてナクロヴィアの住人ではなく害獣と同じ扱いを受けるモンスターなのか、リツェが「おぎゃー! ここも囲まれてる!」とクマでも見たような反応をして震えている。


 トレントの大きさは個体差があるが、大きいものは三メートルほどになる。のしかかられるだけで家ごとぺしゃんこだろう。

 それが目に入る範囲だけでも数えきれないほど存在しているのだから驚きだ。

 冷や汗を流しているとサヤツミが上着を脱いでベスト姿になりながら笑った。そして脱いだ上着を私に向かってぽいっと投げる。


「理由は気になるけど、まずはこれを何とかしないとね!」

「サヤツミ、その、凄い数だけど大丈夫?」


 騎士団の人たちも臨戦態勢に入っており、単騎で突っ込むことにはならないとはいえ心配だ。なにせサヤツミは武器を持っていないのである。

 そして今から持つ気もないようだった。

 いくらサヤツミでも怪我をせずに立ち回れるんだろうか。


 ゲーム中のトレントは硬いしHPも高くて強敵だったわ。

 周囲で繰り広げられている戦闘を見る限り、多分腕のような枝を切り落としたところですぐに代わりが生えてきたり、足代わりの根っこさえ残っていれば最後の最後まで動き回るせいね。

 炎の魔法が弱点だけれど、こんな森の中で使えば大火事になってしまうかもしれない。

 森の生木は燃えにくいとはいえトレントや民家が火種になったらどうなるかわからないもの。


 するとサヤツミは私の不安を見越したようににやりと笑った。

 立派な犬歯がよく見えて妙に頼もしい。


「何を心配してるんだ、ゼシカ。俺は他の何者でもない――魔神だぞ?」


     ***


 魔神は闇と影を眷属にしている。

 そう理解できたのはサヤツミがその場にあるすべての影を手元に集め、ロープのように形を変化させ正確にトレントだけを狙って放ったからだ。


 影に拘束されたトレントたちはもがいて抜け出そうとしたけれど、それを達成した者はいなかった。

 サヤツミは続けて動きを止めた彼らに何かを投げつける。

 それは黒い鉄球のように見えたけれど、トレントに当たるなり大きく燃え上がった姿はどう見ても黒い炎だった。


「魔神製の特別な炎だ、周りに燃え移ったりはしないから安心しろ」


 私たちにそう言うなりサヤツミはパンッと手を叩く。

 すると炎が消え、後に残ったのは消し炭になったトレントだけだった。

 剣を手にしたままぽかんとしていた村長が「さ、さすが魔神様」と小さく呟いた。うん、私も同じ感想よ。


 トレントたちの後処理をオークたちに指示しながらサヤツミがこちらへと戻ってくる。


「さて、村長。話を聞かせてもらえるかな? 村の周りの柵はトレント対策だったのか?」

「は……はい。元々この森の更に奥にはトレントが生息していたのですが、少し前から村の方にまで出没するようになりまして……」


 村長曰く、それでも初めは多くて三体程度だったという。それも今回現れたようなサイズではなく、小型のものばかりだったので柵を作って対処していたそうだ。

 だから畑の害獣対策の柵は古びてて、村の周りの柵は真新しかったのね。


 しかしトレントの数は日に日に増えていた。

 トンタクルは栽培している米と野菜だけで生活しているわけではない。

 ベリーや川魚などの森の恵みを確保できる区域にまでトレントが現れ始め、食べ物は徐々に減っていった。

 木や粘土を使った工芸品作りを生業にしているオークも多く、しかしその材料を確保しに行くこともままならなくなり、どうしようかと困り果てていたらしい。


 オークの子供が普段は表に出さない米を街に売りに出たのも、村の様子を見て不安になってお金を工面しようと考えたのかもしれないわね。


「備蓄があるので今すぐ死に直面するようなことはありませんが、このまま冬が来れば支度が間に合わず命を落とす者も出る、そんな状況でした」

「ふーん、村が辛気臭かったのはそのせいか。討伐の依頼をする気はなかったのか?」

「トレントは厄介なモンスターなので、ギリギリまで土地勘のある我々で対処しようという話になったんです。そ、その、討伐費が出せなかったというのもありますが」


 討伐費?

 私は思わずメルーテアと顔を見合わせる。


 ナクロヴィアに来てから学んだことだけれど、ナクロヴィアでは住民の手に負えないモンスターが出た場合は国に討伐を依頼することができる。

 まずはその地域を管理している者が対処し、そこでも手に負えない場合はアズラニカのもとに報告が上がって相応の策が取られるといった寸法だ。

 モンスターの脅威度によって騎士団が出動したり、時にはアズラニカ本人が出向いたりする。


 その費用はすでに税金として国全体から徴収しているため、依頼時に『討伐費』なるものがかかることなんてないはずなんだけれど……。


 それを伝えると村長は仰天した顔をしていた。


「五十年ほど前からシステムが変わったと通達があったのですが……」

「五十年……、……帰って早々アズラニカの仕事を増やすことになりそうね」


 アズラニカが荒くれ者の多かったバスクオールを黙らせたのが五十四年前。

 そうして危険分子を潰したものの、きっと狡猾な者も多かっただろう。

 その中に地域を管理している者や、それに近しい者が含まれており、巧みに逃げおおせていたのなら――ほとぼりが冷めるのを待ってから私腹を肥やすためにあくどいことをしていてもおかしくはない。

 少なくとも討伐費を違法に徴収できる立場に悪人がいるということだ。


 アズラニカは良い王よ。私が保証する。

 ファルマのように国の頭ごと腐ってはいないけれど、広いナクロヴィア全体をクリーンに保つことは難しいのね。


「――村長。トレントの件だけでなく、バスクオールがもっと住みやすい土地になるようにするわ。アズラニカならきっとそうしてくれる。これからも困ったことがあったらすぐに教えてちょうだい」

「……! ありがとうございます、ありがとうございます……!」

「まずはトレントの被害の把握ね、まだ森の奥にも居るようだし。それから違法行為の証拠を集めて……」


 そう意気込んでいるとサヤツミがトントンと私の肩を指で叩いた。


「ゼシカは古代米の特定を優先すべきだ」

「でも……」

「なぁに、これに関しては心配いらない。討伐費云々については随分杜撰だしすぐに尻尾を掴めるさ。そしてトレントに関しては俺が請け負おう」


 サヤツミ一人で駆除してくるから、わざわざ調査して討伐隊を手配する必要はないってことらしい。さすが魔神、と再度思う。まるでおつかいを請け負うような気楽さだ。

 これなら最初に村長から討伐を頼まれてそうなものだけれど、討伐費が必要だと思い込んでいたのなら仕方ないことね。


「それにそっちもあと一息だったろ? 俺が帰ってきた頃には事実がはっきりしてると思うよ。うん、きっとはっきりしてる!」

「厚い信頼ね……! まあ――」


 信頼に応えなきゃ、というプレッシャーはない。

 信頼に応えたい、という強い思いだけがそこにある。


 そう伝えるとサヤツミは「朗報を期待してるよ!」と親指を立てた。

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