第33話 情報の行きつく縁

 レプラコーンの住む村の近くには森があり、その中には川が流れている。


 その川は村に直接流れ込んでいるわけではないものの、下流は十分生活圏に入っているため、井戸に次ぐ生活用水として長年使われているそうだ。


 そして調べてみて驚いたことがある。

 川の水源はファルマで魔の山と呼ばれるギラス・キラス山だった。


 森からは少し離れている山だ。

 ただどちらもファルマとの国境近くにあるため、水源になっているとわかって納得した。あの山は元はファルマ側にも豊かな川を作っていたって文献に書いてあったものね。


 そして文献から推察するに、ギラス・キラス山の近くで栄えていた古代人――古代の人間が守り神として崇めていたのがサヤツミだ。

 結果的に彼の名前を呼ぶことになったあの時のことを思い返す。

 情報を得たタイミングはバラバラだけれど、こうして今の自分に繋がることもあるのね。

 こういう繋がりも縁というのかもしれない。


 今現在アズラニカが赴いている森は戦闘が起こるかもしれない危険な場所だ。

 でも汚染の心配がない軟水が手に入るのがそこしかないなら行くしかないわ。


 私たちは手早く準備し、食材を山ほど持ってドラゴンでの移動を開始した。

 メルーテアがスピード重視の使い魔で先触れを出してくれたので、突然現れた私たちにアズラニカたちが仰天することはないはず。

 ……いや、うーん、あの人のことだから事前にわかっていても驚かれそうね。


 そんな予想がしっかり当たったとわかったのは、村に到着してすぐのことだった。


「ゼシカ! 理由はわかる、理由はわかるが何故ここまで来た!? 水を確保し調理を城で行なう手もあっただろうに――ああしかし久しぶりに会えて嬉しいぞ、そして無事に戻って何よりだ……! 古代米の確保も僥倖だった! さすがはゼシカだ!」

「盛り沢山なリアクションね!?」


 森を観察し騎士団員に何やら指示を出していたアズラニカはこちらの姿に気がつくなり少し遠い距離を物ともせずにズンズンと進み、私の目の前で足を止めると百面相をしながらそう言い放った。

 考えてたことがすべて口から出た感じね、これは。

 私のツッコミに少しばかり耳の端を赤くしたアズラニカは咳払いをして仕切り直す。


「ここは危ない。水が必要なら纏めて運べる人員を出そう、だから……」

「古代の神が呼び出されるかもしれないのはファルマよ。だからファルマに近い場所で試作をすることはプラスになると思うの」


 それにもしご馳走が完成したらファルマまで運搬することになる。

 現地で作る方法もあるけれど、いわば敵地で悠長に調理していられるかっていうと微妙なところよね。あちらに広い場所を貸してくれた上に匿ってくれる協力者なんていないのだし。

 城で作って運搬もできるけれど……食材を運ぶのと料理を運ぶのはノウハウが異なること。

 しかもそれが大量ともなれば混乱が生じたり不要な手間が発生するかもしれない。

 今の状況でそれが命取りにならないとも限らないわ。


「それにね、儀式の時は私が監修することになるからすぐに駆けつけられる場所で待機するべきだと思うのよ。もちろん今にも攻め落とされそうな状態なら安全を第一に考えるけれど……」

「――軍はファルマ側の入り口で侵攻の準備を進めているようだ。浅い部分にはすでに踏み入っているが、深入りはしていない」


 恐らく満月の夜を待っているのだろう、とアズラニカは森に目をやった。

 やっぱり父か兄が吟遊詩人から情報を聞き出していたのね。

 次の満月の日までもうしばらくある。ならその日までは侵攻してこない可能性が高いってことだわ。そう伝えるとアズラニカはしぶしぶといった様子で頷いた。


「わかった、不安は拭えないが――いや、そのような不安を抱かずに済むほど私がしっかりとゼシカを守ろう」

「ありがとう、アズラニカ! 私も成功させられるよう全力を尽くすわ」


 手を握って感謝するとアズラニカは僅かに表情を緩める。


「それで、見つかった古代米とはどのようなものだった? 試食があるなら後で我々にも食べさせてくれ」

「味と食感はやっぱり独特ね、でも軟水で調理すればもう少し変わると思うわ。試食段階になるけれど、あとで振る舞うから楽しみにしててちょうだい」


 試食だけじゃ何だから、夕食としてルプラリンゴのカレーを別途作るのもいいかもしれない。

 そう伝えるとアズラニカはようやく完全に緩んだ笑顔を見せてくれた。


     ***


 村に着いてアズラニカたちと言葉を交わした後、私たちは早速村の広場に簡易テントを設置させてもらい軟水による調理を開始した。


 村の人たちの邪魔になるかも……と心配したものの、どうやらアズラニカたちが到着した段階で他の土地に避難させられたようで無人だった。

 たしかに万一攻め込まれたら一番初めに犠牲になるのはそこに住んでる人たちよね。

 それに人間同士の戦争なら一般人は捕虜にされることが多いけれど、魔族が相手だと根絶やしにされる可能性が高い。

 もちろん国によるものの、少なくともファルマはそうよ。


 以前顔を合わせたレプラコーンたちやケット・シーの姿を思い返し、みんなが早く住処に戻れることを祈りながら試作を重ねていく。


 初めに炊き上がった古代米は――やっぱり味が違う。

 ミネラル由来の苦味が消えていた。ただし水加減の調整がまだ難しく、かなり柔らかくてほとんどお粥だった。

 でもこれはこれでお粥系の料理に応用できそうね!


 かかった時間や水の質や量、使った材料などを手早くメモしてまだ試していない配分で試作を繰り返していき、理想の硬さを目指す。

 加えてメニューは当時の食文化に可能な限り寄せ、どうしても判然としない部分はおもてなしの心が伝わるように見た目にもこだわって調整してみた。これは古代の神を落ち着かせることが目標だから、目を楽しませることを主軸に整えている。


 不謹慎だけれど……この微調整を繰り返しながらの調理はとても楽しかったわ。

 調理自体もだけれど、試行錯誤の記録をつけていくのが特に気に入った。やっぱり情報を集めて整理して纏めるっていう作業が性に合ってるみたいね。


 大変だったのは途中でお腹がいっぱいになって試食が難しくなったことくらいかしら。

 これは交代で食事に訪れたアズラニカや騎士団員に試食をお願いしている間にお腹を休められたので何とか乗り切ることができた。

 ――ただ、うん、その、明日からは調理しながら適度に運動した方がいいかもしれないわね!

 村で最初に迎えた夜、ベッドに入りながらそう言うと護衛として同室に泊まることになったメルーテアが小さく笑った。


「はい、試食だけでこんなにお腹いっぱいになるとは思いませんでした」

「一口は小さくても何回も繰り返してるものね。それに破棄はしたくないから、なるべくみんなで全部食べるようにしてたし……」

「舞の練習もありますし、それを合間の運動代わりにしますか?」


 メルーテアの提案に思わず手をパチンと合わせる。それは名案だわ!

 衣装作りも進んでいるし、途中からは衣装を着た状態で練習できるかもしれない。舞は着ているものによって動き方が変わってくるから重要なのよね。


 ゆっくりだけれど確実に計画は進んでいる。


 そうして数日を過ごした頃、ようやく料理も納得のいく出来になった。

 これ以上改良すると変にアレンジしすぎてしまいそうだから、この辺りで完成ということにした方が良さそうね。


 ――この時点で満月の日まで残り三日ほど。

 要である封印の魔法についてはアズラニカに任せている。そちらも順調に選定が進んでいるそうだ。


 つまり、残すところ私たちがすべきことは衣装を纏った状態での舞だけになっていた。

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