第41話 王都前の戦い

 ゲームでは幾度となく目にしてきた戦闘。

 しかし人々の興奮した声や武器のぶつかる硬い音、真新しい血の臭いに加えて魔法で抉られた土や草花の臭いが混ざり合い、否が応でもここが現実だと思い知らされる。


 ゲームの世界を模しているけれど、そのままじゃない。

 ここはゲームの中の世界じゃなくて、似ているけれど本当に存在する世界なのかもしれない。


 前世から見て下位の世界だからとか、誰かが被造物を見て真似たとか、そういった理由がある可能性はあるけれど私には知りようのないことだ。

 確かなのはここで生きている人間のゼシカとして目覚めたということだけ。

 そしてこの世界に生きている人たちもまた、種族に関わらず様々な意思を持って生きていると知った。


 そんな私たちの暮らす世界が危機に瀕しているなら、勇者でなくても立ち上がるべきだわ。

 ――そう強く感じたものの、私には直接戦う力はない。本物の剣は両手で持っても振り回されるくらい重いし、弓矢は力がなければ全然飛ばない。

 だから知識でのサポートに徹することにした。


「アズラニカ、ここは山からの吹き下ろしで日に何度か強い風が吹く地形なの。今いるのが風上だから、このまま下手に移動しない方が矢を防げるかもしれないわ」

「わかった。ドラゴンは風に強い。自然の風を目一杯利用させてもらおう」


 アズラニカは風下に立たないよう陣形を整える。


 矢や人間側の魔法が届かないほど高所へ飛べば回避はできるけれど、こちらからの魔法攻撃も届かなくなるので仕方がない。

 土魔法で頭上から土砂を落とす戦法は有効なものの、殺傷が目的ではないからこういう方法は最終手段ね。下手をすれば訓練されていない国民が全員死んでしまうわ。

 その結果、アズラニカの雷魔法のように使い手が細かくコントロールできる魔法の方がこの場では役に立っていた。


 普通、雷に打たれれば電流による熱傷で内側も外側も酷いことになる。


 けれどアズラニカの雷は派手な見た目と異なり、人間を気絶させることに特化していた。彼がそうなるようにコントロールしているのだ。

 初めて間近で見たけれど、このまま夢に見れそうなくらい鮮烈な光景だった。

 激しい閃光は視界を塞ぎ、炸裂音は耳を塞ぎ、何が何だかわからない間に手足の筋肉が強制的に縮み上がる電流が流れ……それが頭に達したところで気を失い倒れるのだ。


 人間を走り抜けた雷もアズラニカのコントロール下にあり、目的以上の被害を出す前に空気中に霧散させられる。

 何度か見ているうちにその工程が私にもわかった。


 打たれた側の人間も初めは「仲間が魔王に殺された!」と昏倒した人々を見て復讐心を募らせていたけれど――戦いが始まって一時間、ようやく『倒れた者は死んでいない』『気絶しただけで心臓は動いている』ということが広まり始める。

 それは魔族の魔法なんてこの程度だと言う者、手加減されているのではないかという者などを生み、一丸となっていたファルマの人間たちに隙を生じさせた。

 軍に所属している者ならいざ知らず、武器を持っただけの一般人はメンタル的な面でも訓練されていないのがよく伝わってくる。


「……このまま雷魔法を中心に使える? 隙も作れるし、倒れた仲間を避難させるのに人手が要るからあっちの攻撃を緩めることができるわ」

「たしかに人間たちは復讐心を利用されているようだ。つまり仲間想い故、負傷者を見捨てる者も少ない」


 アズラニカは私の言葉に頷く。

 ただし雷魔法の使い手は少ないため、それのみで対応するということは難しそうだった。


 クランは近接戦を得意としているため、ドラゴンから降りて戦っていた。

 以前のようなひよっこ勇者ではなく、騎士団長に鍛えられレベルの上がった勇者だ。その動きは回避しながら敵を無力化するという目を瞠るものだった。

 そんなクランに倒された男性を他の男性が二人がかりで引っ張っていく。


 サヤツミも単独で人々の間に降り立っていたけれど、戦法はクランとは異なっていた。

 僅かに見える薄金色の糸を操ったかと思うと、十数人の人間を一気に縛り上げて――そのまま「まったく、悪い子はこうだぞ!」とハグして可愛がっている。サヤツミにかかれば老若男女関係ない。

 せ、戦法と言い切っていいのか迷ったけれど、ハグされた人たちは仰天して戦意喪失や落ち着きを取り戻しているから効果はあるみたいね。


 その光景を見ていたゼナキスが歯噛みしていた。

 きっと無力化された仲間に構わず攻撃を続けろと言いたいのだろう。

 しかしゼナキスは正義の立場から国民を奮起させた。それを覆すようなことは言えない。自分で自分の首を絞めたわね。


 しかし、その瞬間戦場の空気が変わった。

 それまでの敵意に敵意をぶつける騒がしくもピリピリとしたものではない。この場に流れる空気そのものを上から押し潰すような異様なものだった。


 地上から私たちのドラゴンの背中までジャンプしたサヤツミが空を見上げながら言う。


「ゼシカ、残念だが時間みたいだ。――古代の神が復活するよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る