第46話 許されるための謝罪ではなく
古代の神は私の言葉を待っている。
――待ってくれている。なら私もそれに応えられるだけの言葉を口にしなきゃならないわ。
「まず初めに人間である私が言わなくてはならないこと。それはあなたへの正式な謝罪よ、古代の神」
『ほう』
「……でもただの謝罪の言葉なら誰にだって口にできる。謝るなら何が問題だったかはっきりと自覚してからでないといけない」
古代の神が怒っているのは、嫌っている生物に自分を利用された上、そんな過ちを二度も繰り返されたこと。
一度ならず二度までも、って言ってしまえば簡単だけど、腹に据えかねるようなことが二度も起こればそれは激怒させても仕方ないわ。
しかも封印をして古代の神の自由を奪っている間に過去のことを忘れてたなんて、自分がその立場だったら人間を大嫌いになると思う。
そう伝えると古代の神は地面を震わせるような声音で『そうだ』と呟いた。
『ここで人間を潰さねば、この先何度となく同じことを繰り返すだろう。我はそんな悪夢のような未来は望まぬ』
「私もそう思うわ」
ゼシカ、とアズラニカの心配する声がする。
大丈夫だと返事をする代わりに、私は声の震えを抑えて頭を下げる。
「ごめんなさい、人間があなたにしたことは本当に愚かだった。――でもそれを繰り返さないように私が、私たちが何とかしてみせる。だからもう一度だけチャンスが欲しいの」
『チャンスだと?』
「今度こそ人間の罪を語り継ぎ、あなたに迷惑がかからないように語り継ぐわ。私が死んだ後もずっと」
古代の神は訝しむ顔をした。
簡単には信頼できない言葉だということは私もよくわかっている。古代の神の中で人間への信頼は地に落ちたどころじゃないはず。
それでも伝えたい。
言葉を止める気はない。
「まず!」
そして張りのある声を出すと、思わぬ勢いに何故かクランがビクッとした。そこまで場違いだったかしら……。
ひとまず私は戦闘で掘り起こされ転がっていた石を手に取った。
「書物にあなたのことを書き記した上で国民に配布、義務教育システムを作ってそこに組み込み、後世に長く残るよう石にも刻むわ」
『……?』
「人間の国にも同じようにしてもらいましょう。……ねえ、兄様、もうこんなことは繰り返したくないでしょう?」
思わぬ提案だったのか首を傾げる古代の神から視線を外し、ぐったりとしていたゼナキスを見る。
いつもの冷ややかな視線が返ってくるかと思いきや、ゼナキスはどうやら意気消沈としている様子だった。――こんな愚行を犯した発端があったようだけれど、騙されていた被害者のような顔をしているのはそのせいかしら。
けれど実行したのはゼナキスに他ならない。
そんな顔をする権利はないわ。
そう睨みつけるとゼナキスは力無く言った。
「……民は俺を許さないだろう。お前の好きにすればいい」
「好きにするわ。あと、……ほら立って!」
再び項垂れたゼナキスの顔を上げさせ、その頬を引っ叩く。
多分そんなに痛くはなかっただろうけど、私に手を上げられたことがないゼナキスは目をまん丸にしていた。
「私は人間の代表として謝罪してるけれど、罪を犯した実行犯としてあなたも謝るべきだわ。これは今しかできないことよ、兄様」
わかるわね、と。
圧をかけるように言うと、ゼナキスは唇を震わせた後ゆっくりと古代の神の前まで行き、そして地面に額をつけた。
「――すまなかった……神の力を利用し、国を率いようなど……俺には大それたことだった」
本当は私も地面に額をつけるべきだった。
それを実行犯であるゼナキスに残したのは、その道を塞ぐと命をもって償うことでしか謝罪できなくなるから。
この世界でも土下座は相応の意味を持つわ。降伏を示すのも一緒。
ただ、この言葉を受けて古代の神がどうするかまではわからない。本当に悔いているなら死ねと言われれば私は止められないし――私自身にもそう言われたら、準備の時間を貰う懇願くらいはするけれど、相応の返事はするつもりだった。
『愚かな……なんと愚かな。謝罪すればすべてが許されると思っているのか、人間は』
「いいえ。真なる謝罪は許しを請うものじゃないから。……けれどあなたには言わなければならないことだった」
私は一歩前へと出る。
「古代の神。あなたは罪を犯した私たちに好きなものを求められるわ。だからあなたが求めるものを教えて欲しいの」
『……その上で先ほどの政策を取るのか』
「ええ。あなたが嫌でなければナクロヴィアで大々的に祀って、その土地を守らせるわ」
謝罪は許しを請うものではないけれど、罪を犯していない民やナクロヴィアの人をこれ以上傷つけないで欲しい。
そのための折衷案だった。
罪人の立場から面の皮の厚いことを言っている、古代の神にはそう思われたかもしれない。更に怒らせる可能性もある。
けれど古代の神もこの戦は泥沼状態だとわかっているはずよ。
祈るような気持ちで古代の神を見ると、古代の神は私とアズラニカ、クラン、サヤツミ、そして遠くで未だに槍を構えるメルーテアを順に見ていた。
『……奇妙な人間だ。お前のその案、能のない下策ではあるが乗りたくなる』
「……! じゃあ――」
『しかしそんなことをナクロヴィアの王が許すか?』
私の一存で決められることではないだろうと古代の神は言っている。すぐにそう察するくらい私も思っていたことだった。
けれどアズラニカなら私の願いを可能な限り叶えてくれようとしてくれるわ。
これまでがそうだったように。
でも、アズラニカが王の立場で拒否する気持ちが少しでもあるなら他の案を考える。お互いの納得できる案を。それが私にできる戦い方だから。
そう思いながら振り返ると、アズラニカの名前を呼ぶ前に彼が口を開いた。
「魔王アズラニカとして、そしてゼシカの伴侶として――私もその案に賛成しよう」
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