第17話 ナクロヴィアの大きな穴
城へと戻る前に、念のため村周辺の見回りをすることになった。
アズラニカ本人がここまで足を運ぶ機会が少ないため、折角だから直接見ておきたいという話になったのだ。
村近くの森は天然の防護柵のようなもの。異変がないか様子を見るのも大切よ。
それにアズラニカは村の施設で傷んだ場所がないか確認したり、疫病などの兆候がないか確認したいみたい。
しっかりとした良い王様ね、何度となく思ったことだけれど父とは大違いだわ。
私もアズラニカに同行する形で村の周りをぐるりと歩き、森の浅い場所にも足を運ぶ。
村の近くに広がる森の木々はすべて同じ高さまでしか成長しない種類で、そのせいか鬱蒼としているものの浅い場所なら住民の手が入っていて明るかった。
奥は光が届きにくくじっとりとした雰囲気だ。
ただそのおかげで特殊なキノコ型の魔物が繁栄しており、そのキノコが森を清潔に保ってくれているという。
「魔物だからって必ずしも害があるわけではないのね」
「ああ、それにこちらから悪さをしなければ攻撃してこない者も多い。ゼシカは魔物学にも興味があるか? もし書庫に関連した本がなければ取り寄せよう」
「わ、ありがとう! ……っと、ありがとうございます!」
つい敬語の崩れた私を見てアズラニカは微笑む。
「ゼシカ、ずっと気になっていたのだが……できればそうして自然に喋ってはくれぬか?」
「けど一国の王ですし……」
現代日本なら夫に敬語なんてポピュラーじゃないけれど、この世界では当たり前に存在している。親子間でも敬語だ。
ただそれは貴族に限られたことで、平民はかなり自由に話しているらしい。
私はここで前世の記憶を取り戻した後の暮らしや、それ以前のお姫様のゼシカとしての記憶から自然とアズラニカにだけ敬語を使っていた。
けれど最初に名前を呼び捨てにするよう頼んでいたし、アズラニカはあまり気にしていないのかも。
そう考えているとアズラニカが明らかにしゅんとする。
「駄目だろうか? 皆と親しく話しているのを見るたび寂しくてな」
「さ、寂しい? なるほど、わかりま……わ、わかったわ。じゃあ堅苦しいのはナシにして普通に話すわね」
ぱっと表情を明るくしたアズラニカを見てサヤツミが「ははは! 幼子みたいだね!」と微笑ましげに笑った。
と、その時だ。森の少し奥まったところに何かが見えて私は足を止める。
山小屋かしら?
木材の伐採をする際に使われているそうだ、とアズラニカが説明してくれた。少し離れた所には案内の看板も立っているという。
「案内の看板……。えっと、アズラニカ、もしかして山小屋からまっすぐ進んだ先には川があったりしない? 橋のない川で、東に向かうと滝になってるところ」
「……? ああ、あるが――ゼシカはここへ来たことがあった、のか?」
不思議そうな顔をしながらアズラニカは首を傾げる。
来たことはあるけれど来たことはない。
そう、ここはゲームをプレイしていた時に通った場所だった。
勇者が少人数の仲間と共に突っ切ってきた森ってここだったのね!?
「アズラニカ、その、私に多少の予知能力があるのはナクロヴィアに来た時に話したわよね」
「もしや何か見たのか?」
「――ええ。結界もあるし、森は危険でファルマからは簡単には抜けてこれない。ただ満月の夜は最近森に住み始めた人狼が狂暴化して、他の魔物や野生動物は怖がって活動が鈍るの」
ゲームでは結界に綻びを作って森から侵入した後、その人狼と途中で出くわして戦闘になったけれど、普通のエンカウント数を大幅に上回る数多のモンスターを相手にするよりは攻略が容易だったのは言うまでもない。
そうして手薄な森からナクロヴィアに侵入成功した勇者たちは魔王アズラニカの元へと向かった、というのがゲームの流れだ。
人間は簡単にはナクロヴィアには入ってこれない。
この森はそんな国にある、侵入経路になりえる大きな穴だった。
もちろん森を抜けるための情報を得るのにも色々なフラグを踏んだり、森を愛する吟遊詩人NPCのおつかいイベントを沢山こなす必要があったし、現時点では勇者が現れていても強くなってないから心配はいらないかもしれない。
だからこそ最初は無警戒だったわけだし。
ただ、ここが「そう」だと気づいたからには放ってはおけないわ。
「この穴を突いてファルマの人間が入ってくるかもしれない。期間中はこの周辺の警備を強化した方がいいわ」
「ふむ……よし、警備兵を増員しよう。リーダーには日中は竜人、夜間はヴァンパイアを据える。万一大軍が押し寄せてきても龍人は高速飛行が可能だ、すぐに城へ呼びに来れるだろう」
「あ~、でも昨晩って満月じゃなかったかな? 変なのが入ってきてないか見回りをする範囲を広げといた方がいいかもね」
サヤツミの言葉に私もアズラニカもハッとした。
たしかに昨晩は満月の夜だった。森に住み着いた人狼は新参者だったけれど、恐らくすでに森にいるはずだから――その期間は手薄だったことになる。
そして国の結界が弾くのは敵意を持った人間だけ。
無害だという催眠をかけた人間をスパイとして送り込んだり、敢えて敵意のない人間を敵意のある人間が送り込んで利用したり、と色々とやりようはある。危険は危険だ。
もう少し早く気づいていればと思ったものの、ここへ来たのも偶然だったので悔やんでも意味はない。
それより今できる対策をしましょう、と考えていると村の方が騒がしいのに気がついた。
まさかもう侵入者が?
アズラニカとサヤツミたちと顔を見合わせ、急いで騒ぎの中心へと駆け寄る。
そこにいたのは……地面に突っ伏して「水か、食べ物を……くださぁい……」と掠れた声を漏らす少年と、それを取り囲んで「タルの中に隠れてたんだ」「びっくりしたぁ」「いつから居たんだろ?」とざわめく住民たちだった。
少年は短い金髪に緑の目、帽子、シンプルなシャツとズボン、そして剣――の鞘だけという姿で、うわごとのように繰り返す言葉からもわかる通り酷く飢えているようだ。
そして。
「……この子、もしかして……人間?」
私と同じ、人間だった。
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