第50話 両国の守護神

 斯くして古代の神は再び封印され――それからのアズラニカたちの行動は早かった。


 大きな被害は王都のみだったけれど、生贄になった者の中には各地を治める貴族も含まれていたので、責任者の不在により様々な場所で少しずつ綻びが出始めるはず。

 アズラニカはそのしわ寄せが国民に及ぶ前に手を打とうと現時点で生き残っている有力者を見つけ出してコンタクトを取り、協力を取り付けていく。


 私には理解の及ばない契約や取引関連のバトルが起こっていたようだけれど――自国の王子による非道な行ないはすでに一般層にも行き渡っており、有力者たちも下手に出るしかない様子だった。

 国が落ち着いた頃にまたリベンジマッチが行なわれるかもしれないわね……。


 ファルマの騎士団も状況に流されている者が多かったものの、団長クラスの人間はゼナキスの行ないに疑問を抱いていたらしい。

 それでも王族の命令に逆らえなかったのだという。

 そんな団長たちと先に話をつけ、団員たちの説得は彼らに任せる運びとなった。

 いい方向に転がってくれることを祈るわ。


 そして私たちは一旦ナクロヴィアに帰還することにしたものの、『元ファルマの第一王女』と『王の代行』の名を目一杯使って「保護が必要な方はナクロヴィアにお連れします」と希望者を募っておいた。

 大多数が急に訊ねられてもすぐには決められないだろうし、希望者の募集はまた段階的にやる予定よ。

 ただ古代の神の一件で家を失った人も多く、加えて戦闘で怪我をした人もいたので初回の希望者は意外と多かった。

 魔族は怖いけれど否応なく、という人もいっぱいいたけれど……その考えを変えるきっかけになるよう、精一杯助けましょう。


 もちろんこの土地から離れたくない人、離れられない人もいると思うので、後ほど現地に救援を派遣する予定よ。私も足繁く通うことになりそうね。


 でも一段落ついて本当によかった。

 帰りのドラゴンの上でホッと胸を撫で下ろしていると、アズラニカが心配げな視線をこちらに向けているのに気がつく。


「ゼシカ、古代の神の呪いについてだが……帰還し次第専門家に診てもらおう」

「呪いというか契約ね。私は解く気はないけれど……」

「うむ、それは古代の神との約束故、私にも反故にしようという気はない。ただ人間の身に悪影響のないものか気になってしまってな」


 アズラニカは端正な眉を見事なハの字にしていた。

 心配かけっぱなしで申し訳ないわね……。せめて少しでもアズラニカが安心できるように戻ったらすぐに診てもらいましょう。


 そう頷いた時、ドラゴンの鱗を踏む固い靴音がした。


「契約による影響の確認なら俺に任せるといい。それくらいならチョチョイのチョイさ!」

「そうなの!? ならお願いしていいかしら、このままだとナクロヴィアに着くまでにアズラニカの表情がしおしおになっちゃいそうだから」

「ふふふ、でもタダでは出来ないね。ここは可愛くお願いしてもら――」

「お願いっ! サヤツミ!」


 両手の指を組んで上目遣いに渾身のお願いをする。

 直後、サヤツミが「ヴ」と一言だけ発してドラゴンから落下したのでこっちが絶叫するはめになった。どうしよう!? っとアタフタしている間にいつの間にかドラゴンの背中に戻ってきてたから良かったけれど、アズラニカの心境を間接的に知った気がするわ。

 心臓に悪いと言う私に謝りつつ、サヤツミは機嫌良さげに指先に魔力を籠めると自身の瞼を軽くなぞった。

 そうして私のことをジッと凝視する。


「ふむ、ふむふむ……んん?」

「ど、どうかした?」

「その契約……強い契約だけど保って二代程度じゃないか」

「えっ?」


 古代の神の言葉を信じるなら二代どころじゃなかったはず。

 それだけ弱っていたのかしら。そう問うとサヤツミは首を横に振った。


「封印で力が弱まっていたのもあるだろうけど――古代の神もさ、自分の気持ちの落とし所が欲しかったのかもしれないね」

「……そうだと嬉しいけれど、本人に言ったら凄い否定されそうね?」

「あっはは、そうだろうねぇ!」


 その様子を見れないのが惜しいな、と笑いながらサヤツミは私の頭をぽんぽんと撫でる。


「もし二代後も続いてたとしても安心するといい。道を間違えないよう、俺が傍で見守ってるからね。まあゼシカの子孫ならそんな心配いらなさそうだけど」

「あら、とっても頼もしいわ。これからはナクロヴィアとファルマ両方の守護神として宜しくお願いね、サヤツミ」

「よし、任された!」


 勢いよく頷く様子は本当に頼もしい。

 これで戦闘も出来ちゃうんだから凄いわよね、ちょっと過度なシスコンっぽいのが不安要素ではあるけれど信頼しない理由にはならないわ。


「そういえば……あの時のサヤツミ、まさに魔神って感じの暴れっぷりだったわね」

「俺も封印から解き放たれたばかりだから、あれでも弱ってたんだよ? あっちも同じ理由で弱ってたのと、各地を渡り歩いて魔神への信仰心を強化したおかげで何とかなったけどね」

「……」

「……どうしたんだい?」

「ただの観光旅行じゃなかったのね!?」


 てっきり外に出られて羽を伸ばしに伸ばしながら満喫しているんだと思っていたわ!

 なんでも古代の神は異なるものの、サヤツミたちは信仰の力が基礎の力に上乗せされるらしい。ナクロヴィアとファルマ両国の守護神になったらどれだけ強くなるのかしら。

 でもそうすればさっき任せたことが更に強固になるかもしれない。うん、悪いことじゃないわ。


 これからも色んなところを観光してね、と言うとサヤツミは笑いながら親指を立てた。


「……さて、聖神の血の濃いあの子もヘトヘトでドラゴンから落っこちそうだったからね、そっちの様子も見てくるよ!」


 サヤツミはそう言い残して跳躍し、器用にクランのドラゴンへと乗り移った。

 ぎょっとしたクランが落ちそうになっている。逆効果だったんじゃないかしら、と思っているとアズラニカが後ろから私を抱き締めた。


「……二代限りとはいえ心配だが、少し安心した」

「大丈夫よ、アズラニカ。私もこれからは貴方にあまり心配をかけないようにしなくちゃいけないわね」


 だってアズラニカの笑顔を見たいもの。

 そう言うと背中側から仄かに笑う気配が伝わってきて、私も暖かな気持ちで笑みを浮かべた。

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