第51話 姫と魔王の結婚

 兄、ゼナキスから話を聞き出してわかったことがある。


 彼があまりにも無謀なことをした理由は簡単だ。

 あんなことになるとは思っていなかったから、である。

 ゼナキスの野望は自身が若いうちに王となりファルマを手中に収めることだった。しかし父は体だけは健康で、老いて斃れるまでゼナキスに王の座を明け渡すつもりはなかったらしい。


 もし若いうちに王になりたいなら力がいる。


 だからこそ早々に父の意向を察したゼナキスは私を生贄にしてでも力を得ようとしていた。思えばあの頃から怪しい手段でも有用なら手を伸ばす土壌ができていたのね。

 私がファルマから去った後、ゼナキスはある古文書を手に入れた。

 そこに古代の神の力について書かれていたらしい。


「古文書の通りなら古代の神は封印を解いた者に付き従うはずだった。だが……あの本で合っている記述は封印を解く手順だけだったんだ」


 ――取り調べを行なっていた牢の中でゼナキスはそう言ったという。


 その古文書がどういった理由で作られたものかはわからないけれど、古いながらも紙製だったので当時のことを知らない人が半端な知識で書き記したか、もしくは悪意を持ってわざと真実を歪ませて書いたのかもしれない。

 今となっては知りようもないことだけれど、私はこの件で強く感じたことがある。


 ゼナキスは古文書で古代の神について知ったが、その情報は不完全だった。

 ……不完全だと気づけないほどに。


 つまり、書き記して後世に残すことは良い面ばかりではないということだ。

 私は善行として行なっている。けれどそれは行為そのものが『良いこと』であることとは言えない。

 今後はより一層真剣に、そして慎重に向き合っていかないといけないわ。


 そう覚悟を新たに今回の事件――古代の神との話を書き記しながら、もうひとつ準備を進めていたことがある。


 あれから半年が経った。

 ファルマの内部はまだ落ち着いているとは言い難いけれど、何の問題もないほど安定するのを待っていたら二桁年はかかるだろうというのがアズラニカの見立てだった。これは私も同意見だわ。

 そこで忙しい作業の合間を縫って場所を決め、様々な手配をし、寸法を測り――私とアズラニカの正式な結婚式の準備がようやく終わった。


 途中からオーバーワークすぎてドクターストップならぬサヤツミストップがかかったけれど、手伝ってくれる人も多かったのでなんとかなったという感じね。みんなには感謝してもしきれないわ。

 私たちの結婚式はファルマとの戦闘や原因不明の異変でじわじわと不安の広がっていたナクロヴィアを活気づけるという目論見もあった。


 例えばトレントの不思議な行動は古代の神の封印が解けかけていたことが理由だったらしい。後からじっくりと調べてみると、この他にもナクロヴィアの各地でおかしな現象が観測されていた。

 そしてそのどれもが大地や植物系、そして炎に由来したもの。

 古代の神のどろどろな見た目は土や泥っぽかったし、匂いは腐葉土のようだった。そして攻撃に使用していたのは炎の球だ。ゲームでは……おぼろげな記憶だけれど、そういった属性に割り振られていたように思う。


 すぐに気づけなかったのが悔しいと思ったけれど、これも後世のためにしっかりと記していきましょう。


「……ゼシカ。これから本番だというのに、その顔はまた仕事のことを考えているな?」


 ――扉が開くのを待つ間、記録帳の詳細を考えながらぶつぶつと呟いていると隣に立つアズラニカが笑って言った。

 彼は魔族の伝統的な婚礼用スーツに身を包んでいる。いつもは高い位置で縛られている黒髪はうなじの上できちんと纏められ、角には銀色のインクで模様が描かれていた。

 ナクロヴィアの結婚式では新婦と新郎が同時に入場するため、そのお呼びがかかるのを待っている状態だ。


「ご、ごめんなさい、こんな大事な日なのについつい……」

「大丈夫だ。私の好きな顔である故な」


 記録官としてのゼシカも好きだ、とアズラニカは言い重ねた。

 思わず頬が熱くなって視線が泳いでしまう。これだけ真っ直ぐ言われるとさすがに照れるわ。

 そうこうしている間に私たちを呼ぶ声がし、目の前の重そうな扉が左右に開かれる。

 視界に広がったのは大勢の人たち――魔族も人間も関係なく、私たちを祝うために集まってくれた人たちの姿と、白と銀色を基調とした会場、そして花飾りが付けられた長椅子だった。

 突き当りには大きな窓が作られており、涼やかな青空が広がっている。

 それはアズラニカの瞳のようであり、私の髪のようでもあった。


 ふたりでまっすぐと進みながら笑みを浮かべているメルーテア、ベレク、ちゃっかり最前列に陣取るサヤツミ、そんな彼に確保されているクラン、なぜか私より緊張しているリツェや可愛らしいスーツを着たケット・シー、帽子を胸に抱くレプラコーンのコルム、全員姿勢が整っている騎士団の面々を見る。


 今日は身分を気にせず呼びたい人を呼んだ。

 遠くて都合のつかない人もいたのが惜しいけれど、そんな人は後で自分から顔を見に行きましょう。

 オークの村もあれから見に行けてないし、今のオールドミネルバがどうなっているかも気になるもの。ただサヤツミはちょこちょこ顔を出しているらしく、村は安定しオールドミネルバの不死鳥も訪れた翌月にはしっかりと目を覚ましたらしい。

 それを実際に自分の目で確かめて、本に纏める日が楽しみだわ。


 けれど、今は。


 目の前で私だけをしっかりと見てくれている人を、私からも見つめていよう。

 魔族の婚姻に関する口上を聞きながらアズラニカを見上げ、抱き寄せられるままに唇を重ねる。


 途中でこちらからも抱き締めるとアズラニカは耳まで真っ赤になった。

 ……折角イメージトレーニングしていたのに不意打ちには弱かったみたいね?

 やっぱり可愛い人だ。そう再確認しながら微笑むと、私と同じ微笑みが返ってきた。


「――ゼシカよ、一日でも長く私の隣で生きてくれ」

「ええ、もちろん。最後の最後まであなたと一緒よ」


 答えたと同時に参列席から拍手が巻き起こり、びっくりするほど多くの祝いの言葉が飛び交う。これがすべて自分に向けられたものだなんて信じられないわ。

 心からの笑みで応えながら私はアズラニカの手を握った。


 私を攫ってくれた時と同じ、大きく頼り甲斐のある手。

 私が引いて導くこともあるであろう、これから共に寄り添って生きる手だ。


 そんな手が握り返してくれたのを感じ――私たちは祝福の中で微笑み合った。

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