第48話 一か八かのサプライズ
舞を披露する頃には足も回復し、今まで覚えてきた動きをしっかりと再現することができた。
特にアズラニカの舞は見事なもので、服の裾の先まで体の一部であるかのように洗練されている。布や髪が動きに遅れてついてくることそのものが舞に組み込まれていた。
途中でサヤツミが乱入するという珍騒動はあったものの、それで舞が台無しになるということはなく調和が取れていたのが凄い。古代の神は渋い顔をしていたけれど。
ご馳走に関しては古代の神の「我はそこまで食を必要とせん」という一言で、私から指示して戦ってくれたみんなも一緒に食べてもらうことにした。
目の前に古代の神が鎮座している状態で食べられるのかと少し心配ではあったけれど――それが取り越し苦労だったとすぐにわかるほど素晴らしい食いつきだったわ。さすがどんな状況でも乗り越えてきた騎士団たちね。
普段は城から出ないリツェやベレクに関してはちょっと身を縮こまらせていたけれど、舞を終えて戻ってきた私を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。
「お疲れさまでした、ゼシカ様」
「ふたりもありがとう、ここで準備している間も大変だったでしょう?」
もしかしたら準備が意味を成さなくなるかもしれない。身の危険の他に、そんな心配もあったと思う。
しかしリツェは首を横に振った。
「ゼシカ様たちならきっと良い方向へ話を進めてくださると思っていました。ま、まあ、恐ろしい場所ではあるので早く帰りたいですが」
「ふふ、すぐに帰れるわよ。戻ったらやらなきゃいけないことが沢山あるけれど。リツェにも頑張ってもらうわね?」
ひえ、と声を漏らすリツェの隣でベレクが周囲を見回す。
「……ここは自分の育った地域ではないですが、再びファルマの地を踏むことになるとは思っていませんでした」
「辛いことを思い出させてしまったかしら」
いえ、とベレクは笑みを浮かべた。
その目には暗い感情はこれっぽちも見当たらない。
「良い思い出で上書きができました」
「……! それならよかった。落ち着いてからになるけど、もしも気が向いたら今後も気軽に来ていいのよ」
ゼナキスは捕らえられた。後ほどナクロヴィアへ連れ帰り、ことの顛末について聞き取りを行う予定だ。
父と母は無事とは思えない。良くて監禁、悪くて命を奪われているだろう。
つまりファルマの頭はなくなったわけだ。
王族は他にもいるけれど遠い傍流が多い。これは父が若い頃にライバルを蹴落としたのと、ゼナキスが質の高い生贄として捧げたことが原因だった。……質の高い生贄なんていうよくわからない知識についても訊ねなきゃならないわね。
しかし頭がなくなったからといって、体である国がすぐさま消えてなくなるわけではない。そこに住む人たちがいる以上代わりが必要になる。
そこで元第一王女の名で一時的にファルマの王の代行となり、国が落ち着くまで維持することになった。
受け継がれてきた血を大切にする文化が根強い王政の国だから、ほぼ嫁いだ後とはいえ直系の私なら国民の混乱も少ないだろうとアズラニカたちが考えた結果だ。その後は数年間の減税や王都の復興支援、地方の整備などを行ない、少しずつ国民たちに納得してもらうことになる。
――その頃の状況によってはナクロヴィアが正式にファルマを取り込むことになるかもしれないけれど、アズラニカはあくまで「緊急事態により攻め入ったが侵略のための戦ではない」という主張のため、積極的には取り込まず助力という形に留めている。
魔族が敵意を持って人間の国を侵略した、なんてことになったら他の国の出方がマズいものになるかもしれないものね。
何にせよ、そうして時が経ち国が落ち着けばベレクも自由にファルマへ足を踏み入れることができるようになるはず。
ベレクは辛い目に遭って亡命してきた人間だけれど、だからといって思い出に残る場所や人がすべて捨てたいくらい嫌なものだったとは言い切れない。
もう一度目にできるならしたい、そう思える景色があったとしたら……決心さえつけば見に行ける、そういう状態にしておきたかった。
ベレクは笑みを浮かべて「ありがとうございます。……いつか、その時が来ましたら」と頷く。
「よしっ! ほら、ふたりとも好きなものを食べてね、こっちの古代米にもち米を混ぜたおこわは私が作ったの」
ベレクたちも調理には参加していたけれど、かなりの大人数で進めたから私が何をしているかまでは見ていなかったはず。艶やかな白と黒が混ざったおこわを差し出すとふたりは喜んで受け取ってくれた。
……古代米は古代の神の好物でもあったはずだけれど……。
ちらり、と見上げると古代の神は憮然としつつもちびりちびりと食卓にあるものを口に運んでいた。自己申告通り小食みたいなので嫌いだから食が進まないってわけじゃなさそうだけれど、好物を口にしている顔には見えない。
「……」
「ゼシカ様?」
「ベレク、まだ簡易キッチンは使えるわよね?」
調理は持ち運びが可能な簡易キッチンを戦場で組み立てて行なっていた。
宴の準備後もまだ撤去はされていなかったのかベレクが頷く。そこへいそいそと向かう私にふたりが「何を作られるのですか?」と声をかける。
私は手を振って答えた。
「一か八かのサプライズよ!」
***
しばらくして完成したものを丁寧にお皿に並べていく。
しかし豪華な皿にのった『それ』はあまりにも似つかわしくないもので、有体に言うと庶民的なものだった。
この宴に並ぶ料理の中にも庶民的なもの――シチューやサラダなんかが含まれているけれど、それよりも更にとっつきやすいものよ。
気を鎮めるための席でこれを出されたら怒る人もいると思う。
そのせいか私と擦れ違った人は思わず手元を二度見していた。わかる、わかるわ。けれど私の仮説が正しければ古代の神にとっては意味のある食べ物のはずよ。
間違っていた時のリスクが高いけれど、古代の神にとってはこれがこちらでの最後の食事になるかもしれない。
いくら封印先が快適でも、最後にもう一度食べてもらいたいと思ったの。
「これも食べてみない?」
『もう存分に食べた。それよりも我は早く――』
封印してほしい、と言いかけたのかしら。
けどその言葉は私の手元を見て止まる。白を基調とし、金の装飾がされた皿に並んでいるのは――黒い古代米を使った、薄くてシンプルなお煎餅だった。
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