第12話(1)戦いの前夜

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「……リュートさん、こちらにいらっしゃったのですね」


 イオナがホテルのラウンジの席に座るリュートに近寄る。


「このホテルは被害を免れて良かったよ……」


 リュートはそう呟きながら紅茶を優雅に口へと運ぶ。


「先の帝王軍の襲撃、街の方々の中で、軽傷を負われた方はそれなりに出てしまいましたが、重傷者、死者はともに幸いにもゼロでした」


「それはなによりだね……」


「襲撃に際してのこの街に駐屯する防衛部隊、並びに自警団の迅速かつ懸命な対応への高い評価はもちろんのことですが……」


「うん……」


「勇者パーティーの活躍、奮戦ぶりを称賛する声も非常に多く聞かれます」


「結構なことだ……」


 イオナからの報告を受け、リュートは満足気に頷く。


「ただ……」


「ただ?」


「防衛部隊の方々から不穏な情報を聞きつけました……」


「ああ、それは言わなくても大体分かるよ……」


 リュートが紅茶を飲みながら片手を挙げる。


「わ、分かるのですか? いつの間に情報収集を?」


 イオナが戸惑う。


「そりゃあねえ……自然とこの耳に入ってくるようになっているんだよ……」


 リュートが耳に手を当てる素振りをする。


「は、はあ……」


「自慢の四天王が壊滅し、怒り心頭の帝王が御自ら軍勢を率いてこの街へと向かってきているんだろう?」


「! そ、そうです……」


 イオナが頷く。


「進軍速度は思った以上に速いようだ……遅くとも明日の昼前にはこの街を包囲してしまうだろうねえ……」


「防衛部隊の方々もそのような見立てでした……」


「これは我らが勇者パーティーにもう一仕事してもらわなくてはならないね……」


「ですが……皆さん、どこか不安そうです……気丈には振る舞っておられますが……」


 イオナが心配そうに呟く。


「その辺のケアもしなくてはならないな……」


 ティーカップを置いたリュートが席からゆっくりと立ち上がる。


「……」


「やあ、オッカちゃん」


「ご主人様か……」


 オッカはリュートの姿を見て、食事の手を止める。


「いや、続けて構わないよ」


「本当に?」


「ああ、本当だとも……」


 リュートが優しく頷く。


「それなら……」


 オッカが食事を再開する。


「しかし……本当によく食べるね……」


 リュートが微笑む。テーブルの上には山盛りになった料理が何種類も置かれている。


「どうしてもお腹は減ってしまうから……」


「ドラゴンに変身するのはやっぱりそれくらい力を使うものなんだね?」


「自分でもよくは分からないけど……多分そう……」


 オッカが頷く。


「そうか……」


「でもお腹一杯食べれる……ご主人様のおかげ……」


「あのね、オッカちゃん、ひとつ間違っているよ」


「?」


「オッカちゃんはもう奴隷じゃあないんだ。自由の身分なんだよ」


「……自由の……身分?」


 オッカが首を傾げる。


「とにかく、なんというか……俺はオッカちゃんのご主人様ではないということだよ」


「だけど、こんなにお腹一杯食べさせてくれる……」


「それはオッカちゃんが頑張ったからだよ」


「う~ん……」


「それに……」


「それに?」


「この料理のお金を払っているのは勇者さまだよ」


「あの勇者さまがご主人様なのはちょっと……お姉さんたちは好きだけど……」


「ご主人様じゃないよ、対等な仲間だ」


「対等?」


「同じ立場ってことだ。だからオッカちゃんは自分とお姉さんたちの為に頑張ればいい」


「うん、分かった……」


 オッカが再度頷く。


「……クイナさん、少しよろしいでしょうか?」


 リュートがクイナの部屋のドアをノックする。


「どうぞ、お入りください……」


「失礼します」


 リュートが部屋に入る。


「なにもお構いすることが出来ませんが……」


 クイナが申し訳なさそうにする。


「いいえ、お気になさらないでください」


 リュートが手を左右に振る。


「はあ……」


「どうぞ、続けてください」


「はい、失礼します……」


 リュートに促されて、クイナが武具の手入れ作業に戻る。


「………」


「…………」


「……精が出ますね」


「まあ、そういう仕事なものですから……それと……」


「それと?」


「こうしていると心が落ち着くので……」


「落ち着きますか」


「はい。小さい頃からやっていることなので……」


「ふむ、なるほど……」


 リュートが顎に手を添えて頷く。クイナが口を開く。


「……帝王が自ら率いる軍勢がこの街に迫っているそうですね……」


「ご存知でしたか」


「勇者さまが中庭で右往左往しながら騒いでいらっしゃるのが聞こえてきましたので……」


「ああ……」


「部屋に籠っていても知れることってあるのですね……」


「ふっ……」


 クイナとリュートは共に苦笑する。


「……帝王の率いる軍勢はさぞ強大なのでしょうね……」


「そうですね。とはいえ、心配はまったく要りません」


「え?」


「クイナさんと、クイナさんが手入れしたこの優れた武具があれば、恐るるに足りません」


「ふふっ……そろそろ仕上げに入りましょう……」


 クイナが笑みを浮かべる。


「ああ、やはりお二人はこちらでしたか……」


 リュートがバーラウンジにいたレプとルパに声をかける。


「ああ、一杯付き合わない~?」


 ルパがリュートに対して声をかける。リュートが目を細める。


「もうすっかり出来上がっていますね……」


「この娘の場合、出来上がっていない時がありませんよ……」


「なるほど、それは確かに……」


 レプの呆れ気味の呟きにリュートは苦笑しながら頷く。


「まあまあ、そこに座っちゃいなよ~」


「……失礼しても?」


「どうぞ」


 酔っぱらっているルパではなく、レプの了承を得てから、リュートは席に座る。


「それでは失礼します……」


「なに飲む~?」


「とりあえず麦酒をお願いします……」


 リュートが注文し、しばらくして麦酒がリュートの前に置かれる。


「……そんじゃあ……かんぱ~い♪」


「乾杯……」


 ルパとリュートが互いのグラスをカチンと合わせる。


「何回乾杯してんのよ……」


「いやいや乾杯は何度だってした方が良いんだよ~?」


 呆れるレプにルパが笑いかける。それを無視してレプがリュートに話しかける。


「帝王が軍勢を自ら率いてきているそうですね……」


「さすがにお耳が早いですね」


「勇者さまがさきほどまで、そこでくだを巻いていらっしゃったので……」


「ああ、なるほど……」


「さぞかし強大なる軍勢なのでしょうね……」


「……占いではどうなっていますか?」


「……戦いにおいて占いというのはあまり当てにはなりません。不確定要素があまりにも多過ぎるので。彼我の戦力が十全に機能するかどうか……効果的な布陣を敷けるか……戦場付近の天候や気温などはどうか……などなど……」


「ふむ、なるほど……要するになるようにしかならないということですね」


「まあ、そういうことですね……慌ててもどうにもなりません」


 レプは落ち着いた笑みを浮かべる。


「ぷはっ! あははっ、結局はそういうことだ。明日は明日の風が吹くってね♪」


 ルパはそう言って、楽しそうに酒を飲み続ける。

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