第9話(3)常識改善

「あ、リュートさん」


 イオナが手を振って、廊下を歩くリュートを呼ぶ。


「いたか」


 リュートがイオナの方に近づく。


「こちらにいらっしゃいました」


 イオナがホテル内のとあるスペースを指し示す。


「バーラウンジ?」


「ええ」


「こんな時間から飲んでいるのか……」


「そのようです」


「ふう……」


 リュートはため息をひとつついてから、イオナとともにバーラウンジに入る。


「あ、あちらの席ですね……」


 ラウンジ内を見回したイオナが指差す。リュートはそちらに歩み寄る。


「ん~?」


「あら……」


「どうも、お疲れ様です」


「お疲れちゃ~ん」


「お疲れ様です」


 リュートの言葉に妹のルパはだらしなく、姉のレプは折り目正しく応える。


「すっかり出来上がっていますね……」


 リュートは若干呆れ気味にルパを見つめる。


「すみません。止めたのですが……」


 レプが恐縮する。


「こんな日は飲まないとやってられないっつーの!」


 ルパがドンとテーブルを叩く。


「ちょっと、大きな音を出さないの……」


「え? おならは出してないよ~?」


「誰もそんな話はしてないわ……」


「ええ? 大きい音って言ったらおならでしょう?」


「はあ……」


 レプが軽く額を抑える。ルパが口元を抑える。


「……うっぷ」


「飲み過ぎよ」


「そんなこたあないって……!」


 ルパが再び、酒が注がれたグラスを口元に持っていく。


「太るわよ」


「太る?」


 グラスを片手にしたルパの顔色がガラッと変わる。


「ええ……」


「あの小太り勇者さまの名前は出さないでくれる⁉ せっかくの酒がマズくなるから!」


 ルパがドンとグラスをテーブルに置く。


「名前は出してないでしょう……」


「太るって言ったじゃん!」


「勇者さまの名前を太るだと思っているの⁉」


 レプが驚く。


「そうだよ」


「違うわよ」


「違うの?」


 ルパが目を丸くする。


「ええ、全然違うわ……」


 レプが首を左右に静かに振る。


「名は体を表すって言うじゃん」


「だからそういう名じゃないから……」


「まあ、そんなのどうだって良いんだけどね~アハハ!」


 ルパが高らかに笑う。レプが呆れる。


「酔っているわね……」


「酔っていませんね!」


「それは酔っている場合の台詞よ」


「いやいや、酔っていません!」


「あの……」


 リュートが口を開く。


「ああ、失礼、何かお話が……」


「そうですね……」


 リュートが顎をさする。


「ああ、もう座りゃあ良いじゃん! 二人とも!」


 ルパがリュートとイオナに座るように促す。


「わ、私も良いんですか?」


「当たり前じゃん、皆で飲んだ方が楽しいよ~」


「では、失礼して……イオナくんも」


「は、はい……」


 リュートとイオナが席に座る。二人の分の酒が運ばれてくる。


「かんぱ~い♪」


「……あ、すみません、おかわりを……」


「ペース早いな!」


 早速おかわりを注文するイオナに対してリュートが驚く。


「アハハハ! 良い飲みっぷりだね~お姉ちゃん、気に入った! どんどん飲みな!」


「い、良いんですか?」


「いーよ、いーよ、どうせフトルの奴の奢りだし!」


「もう名前になっている……」


 レプが頭を抱える。


「案外良い名前じゃない?」


「勇者さまの前では言わないでね……それでお話ですけれど……」


 レプがリュートの方に向き直る。


「ああ、はい……」


「今回のクエストの反省ですよね。妹には酒を控えさせます」


「いいえ、それは全然構いません」


「え?」


 レプが少し驚いた様子を見せる。


「むしろどんどん飲んじゃってください」


「そ、そんな……」


「さっすが~話が分かるね~」


 ルパが満面の笑みを浮かべる。レプが心配そうに尋ねる。


「よろしいのですか?」


「飲めば飲むほど力を発揮するタイプならば、それを制限するのはナンセンスというものでしょう。もちろん、お体には気をつけて欲しいですが」


「そうは言っても……」


「……例えばですが、ルパさんにはここぞという時に出てきてもらえば良いのです」


「ここぞという時?」


「パーティーメンバーの頭数はある程度揃っているので、基本は馬車などでお休み頂く形です。いわゆる戦力のターンオーバーというやつですね」


「そんなことが……」


「俺やベルガさんの方から勇者さまに提案します。問題なく容れてくださると思いますよ」


「考えたこともありませんでした……」


「俺も貴女方と接して、今までの常識を覆されました……先陣を切って戦う武闘派エルフ」


「ふふっ、それと昼間から大酒を飲むエルフですね?」


「ん? 何? 楽しそうじゃ~ん」


 笑って頷き合うリュートとレプを眺めながら、ルパは何杯目かの酒を飲む。

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