第2話(3)剣術大会

「ふむ……」


 剣術大会の会場に着いたリュートが周囲を見回す。


「リュートさん!」


 イオナが声をかける。


「なんだ?」


「前の方の席、場所を確保出来ました! 早く来て下さい!」


 イオナが前方を指差す。リュートが苦笑する。


「それはご苦労さん……」


「いいえ!」


「だが……」


「だが?」


 イオナが首を傾げる。


「いいよ、別にこの辺で」


 リュートが適当に腰を下ろす。


「こ、ここに座るんですか?」


「ああ」


「良いんですか? 試合が見づらくないですか?」


「眼鏡はかけている」


 リュートが眼鏡をクイっと上げる。


「い、いや、もっと近くで見た方が良いんじゃないですか?」


 イオナが戸惑い気味に尋ねる。


「何故?」


「いや、出場選手の戦いぶりがより分かるんじゃないかと……」


「別に剣技の巧拙などはここからでも分かるさ」


「選手の息遣いをよりリアルに感じられますよ?」


「そんなものを感じたくはない」


 リュートが首を振る。


「選手の汗が飛んできますよ!」


「そんなもので喜ぶ性癖は持ち合わせていない」


 リュートがさらに首を振る。


「むう……」


 イオナが黙る。


「別に仲良く並んで見ることもない、君は前の席で見ればいいさ」


 リュートが前方を指し示す。


「いや、いいです!」


 イオナがリュートの隣にドカッと座る。


「どうした?」


「ここで勉強させて頂きます!」


「何を?」


「な、何をって……どういった所に着目・注目されるのかということをです!」


「ふっ……」


 リュートが笑みを浮かべながら頬杖をつく。


「何ですか?」


 イオナがややムッとしながら尋ねる。


「どうした?」


「ちょっと馬鹿にしていません?」


「だいぶ馬鹿にしているよ」


「だ、だいぶ⁉」


「ああ」


 リュートが頷く。


「な、何かおかしなことを言いました?」


「……目だ」


 リュートが自らの目を指差す。


「目?」


「ああ、視覚に頼っているようではいけない」


「いや、剣技の上手い下手は目で見ないと分からないじゃないですか」


「そんなことは決してない」


「ええ?」


「優れた剣士かどうかは……五感で感じるんだ」


「ご、五感で?」


「ああ」


「い、意味が分かりかねます……」


「戦いの場において、剣士や戦士という類の者たちは常に五感をフルで働かせている……そういうことがきちんと出来ているかどうかというのを感じ取るには、こちらも五感を働かせなければならない」


「は、はあ……」


「分かるか?」


「た、例えば?」


 リュートは自らの耳を指差す。


「音で判断する」


「音?」


 イオナが首を捻る。


「そうだ、良い剣士というのは、その振るう剣からキンキンキンキンキン!という音がするものなんだ」


「嘘だ!」


 イオナが声を上げる。


「嘘ではないさ」


「剣が当たれば、それは音が鳴るでしょう!」


「よく剣が振れているという証拠だ」


「そんな当たり前のことで判断するんですか?」


「当たり前のことが出来ていない奴は意外と多いぜ」


「そ、それはそうかもしれませんが……」


「後は匂いだな」


 リュートが自らの鼻を指差す。


「匂い?」


「ああ、強者特有の匂いというものがあるんだ……」


「ほ、本当ですか?」


「本当だ」


「どういう匂いなんですか?」


「……汗臭い感じだな」


「それは汗じゃないですか!」


「分かっていないな」


「え、ええ?」


「強者は常に鍛錬を怠らないし、体を絶えず動かしている……そういったところからしか醸し出されない匂いというものがあるんだよ」


「ふ、ふむ……」


「後は……味だ」


 リュートは自らの舌を指差す。イオナが戸惑う。


「な、舐めるんですか?」


「言葉の綾だ……強者ほど味のある戦いをする」


「は、はあ……?」


「最後は肌だな」


 リュートは自らの腕をさする。


「肌?」


「そうだ、強者になればなるほど、ひりつくような緊張感を周囲に放つ」


「ふ~ん……」


「なんだ、メモを取らないのか?」


「……からかっているでしょう?」


 イオナが冷ややかな視線を向ける。リュートが笑う。


「ふっ、遅くとも味の時点で気付きたまえよ」


「やっぱり! 真面目に話して下さいよ」


「……こればかりは場数だ。より多くの試合を見なければならない」


 リュートが真面目な顔つきで呟く。


「そ、そうですか……」


 出場選手たちが会場に姿を現す。


「そろそろ始まるな」


「あ、はい、そうですね……」


「注目選手は?」


「へ?」


「へ?じゃない。さっき開場前に熱心に聞き込みしていたじゃないか」


「あ、ああ、はい……えっと……あの大柄な禿頭の男性がガルベス選手。力強い剣は『豪剣』と謳われているそうです。その近くにいる小柄な男性がスアレス選手。その目にも止まらぬ剣速から『激剣』と呼ばれているそうです。そのまた近くにいる女性にしては身長の高い方がマルシア選手。卓越した剣技の持ち主で、『魔剣』と恐れられているそうです。そのまた近くにいる中肉中背の男性がゴンザレス選手。『秘剣』と称されており……」


「ああ、分かった、もういいよ……」


「まだまだいますよ、『猛剣』、『天剣』、『獣剣』……」


「剣を付ければ良いってもんじゃないだろう……その辺が優勝候補か?」


「ええ……でも意外ですね、そういう情報は一切耳に入れないと思ったのに……」


「一応の判断材料にはするさ……あの痩せた青年は?」


 リュートは防具をつけていない男性を指差す。


「え? あの男性ですか? えっと、あの方に関しては特に……」


「あの青年だな……優勝するぞ」


「ええっ?」


「ディナーを賭けても良いぜ」


「そ、そうですか? じゃあ私は『覇剣』のフェルナンデス選手を推します」


「決まったな。どうなるか見てみようじゃないか」


 大会は進み、痩せた青年と、ややぽっちゃりとした女騎士が決勝に進出した。


「ま、まさか……ダークホース同士の決勝戦になるとは……」


 イオナが唖然とする。決勝戦はぽっちゃり女騎士がその体型に似合わず、素早く多彩な攻撃を仕掛けるも、それを軽くいなした青年がたった一度の反撃で女騎士を倒し、優勝した。


「……さて、控室に行くぞ」


「あ、は、はい……!」


 リュートたちは出場者控室へと向かう。

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