第6話(2)幸運
「へへっ、高級馬車だ! 金品を奪っちまえ!」
大柄なオークの集団が馬車を取り囲む。
「ど、どうします⁉」
イオナがリュートを見る。
「何故こっちを見る……」
「い、いや、この中で一番頼りになりそうなのは、どう見たってリュートさんでしょう?」
イオナは自身と、初老の御者を見比べながら問う。
「頼られても困るな」
「え?」
イオナが首を傾げる。
「言っておくが戦闘経験なんて皆無に近いぜ」
「ええ?」
「ええ?って、そりゃあそうだろう。誰だと思っているんだ?」
リュートが首を捻る。
「生ける伝説のスカウトマン……」
「まあ、それは間違ってはいないが」
「そ、それなら!」
「ちょっと落ち着け……俺はあくまでもスカウト業務において伝説になっただけで、戦闘のせの字もロクに知らんぞ」
「そ、そんな……!」
「いや、そんなリアクションをされてもな……」
リュートが後頭部を掻く。
「だって、伝説ですよ⁉」
「だってと言われてもね」
「色々耳にはしていますよ⁉」
「色々ってなんだ?」
「単体でも魔王の軍勢を退けたとか!」
「戦場に一人でのこのこと行くわけがないだろう……」
「巨大なドラゴンをたった一人で退治したとか!」
「そんなクエスト、受けるわけがないだろう……」
「極悪ギルドを壊滅させたとか!」
「よく分からんが、それならスカウトマンなんてやっていないだろう……」
「ええっ……⁉」
イオナが両手で顔を抑え、上を向く。
「勝手に期待されて、勝手に失望されている……」
リュートが再び頭を掻く。
「そうだ……」
「うん?」
イオナがリュートに視線を戻す。
「勝負強いとかなんとか言っていたじゃないですか⁉」
「言っていたか?」
リュートが首を捻る。
「いや、言っていたでしょう!」
「ちぃ、よく覚えているな……」
「舌打ち⁉ さっきの今だから忘れるわけがないですよ!」
「それがどうかしたのか?」
「その勝負強さを今こそ発揮するべき時でしょう⁉」
「話をちゃんと聞いていたか?」
「はい?」
イオナが首を捻る。
「あれはここぞという時だけだ」
「い、今がその、ここぞという時でしょう⁉」
「……違うな」
リュートが首を左右に振る。
「な、何が違うんですか⁉」
「数が多すぎる。オークの二、三匹ならば、あるいはなんとかなったかもしれん。噂話に大分尾ひれはひれがついているようだが、俺がそれなりの修羅場を潜り抜けてきたことはある程度の事実だからな。ただ……十匹以上いるじゃないか」
「そ、そうですね……」
イオナがあらためて周囲を見回しながら頷く。
「こりゃあさすがに無理だな」
リュートが大きく両手を広げる。
「そ、そんなあ~!」
「そういう君は魔法の心得とかないのか?」
リュートがイオナに尋ねる。
「え? 簡易的な護身魔法なら……」
「御者さんは?」
「ええ? 鞭を多少振り回せるだけで……」
「……やっぱり無理だな」
リュートが両手を広げたまま、首をすくめる。
「ど、どうするんですか⁉」
「さあ、どうしようかね……」
「……おい! さっきから話し声は聞こえるが、何も動きが無いぞ!」
「非戦闘員しか乗ってないようだな! そうと分かったら、さっさとやっちまえ!」
「おおっ!」
オークたちが馬車に襲いかかってこようとする。イオナが悲鳴を上げる。
「い、いやあ! もうダメえ!」
「はあっ!」
「なっ⁉」
オークたちの体に火がまとわりつく。何匹かが激しく燃え上がる。
「火の魔法で怯んだわ! 今よ!」
「うおおっ!」
「!」
女性の声を受け、飛び出してきた痩身の男が槍でオークを二匹、突き殺す。
「右側が崩れた、左側に相手が寄ったわ!」
「おっしゃあ!」
「‼」
女性の声を受け、突っ込んできた大柄の男が斧を振るい、オークを三匹、叩き割る。
「む、むう⁉」
「な、なんだ⁉」
「同胞たちがやられた!」
オークたちは混乱する。
「お、落ち着け、まずは固まれ!」
「ば、馬鹿! 固まったら、それこそ思うつぼだろう!」
「へ?」
「今よ!」
「任せろ!」
「⁉」
女性の声を受け、高く飛び上がった体格の良い男が剣を勢いよく振り下ろし、オークを五匹まとめて切り殺す。
「ふっ、ざっとこんなもんか……」
男が剣を鞘に納め、髪をかき上げる。
「あ、あれは……⁉」
「通りすがりの勇者パーティーってやつだな」
イオナの呟きにリュートが応える。イオナが両手を胸の前で組む。
「た、助かった……! なんという幸運!」
「ああ、稀に見る幸運だな……」
リュートが勇者たちを眺めながら、笑みを浮かべる。
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