第8話(4)あら、良いですねえ

「リュ、リュートさん!」


 別室のドアの前で待っていたイオナがリュートに駆け寄る。


「どうした? ……と聞くまでもないようだな」


「そ、そうです! 皆さんが口々にお帰りになると……」


「やっぱりな……例の言葉はちゃんと伝えたか?」


「あ、は、はい……『豪華な食事が出てきますので、お帰りはせめてそれをお食べになられてから』と……皆さん、一応席についてはくれていますが……」


「それは結構……」


「ど、どうするんですか⁉」


「まあ、見てな……失礼します」


 部屋のドアをノックしてから、リュートが部屋に入る。


「……!」


 部屋にいる十人の女性の視線がリュートに集中する。


「いやいや、顔合わせ、大変お疲れ様でした……」


 リュートが恭しく頭を下げる。


「それなのですが……」


 ベルガが眼鏡をクイっと上げながら口を開く。


「どうかされましたか?」


「単刀直入に申し上げます。今回のお話は辞退させて頂きたいのですが……」


 ベルガの発言にリュートが間を置いて問い返す。


「……何故?」


「我々にも選ぶ権利というものがあります」


 ベルガの言葉に他の女性たちが頷く。


「もしかして……皆さんも同じような考えですか?」


「……」


 リュートの問いに女性たちが揃って首を縦に振る。


「いや、参ったな、これは……」


 リュートが額を抑える。ベルガが告げる。


「失礼させていただきます」


「ああ、ちょっと待って! せめて食事だけでも楽しんでいってください」


「それはイオナさんからも聞きました……食事も待たせ過ぎです。帰らせて頂きます……」


「いや、間もなく来ますから……ほらっ!」


 リュートの言葉通り、部屋に豪華な食事が運ばれてくる。女性たちの中からも歓声が上がる。ベルガも一瞬それに目を奪われるが、すぐにリュートの方に向き直る。


「! ……これで誤魔化そうとしても……!」


「……素敵なゲストもお呼びしましょう」


「え?」


「入りたまえ」


「……‼」


 部屋の隣室から綺麗に着飾った少年が入ってくる。まだ小柄ではあるが、その整った顔立ちに、女性たちの視線が集中する。


「あ、あの、これは……?」


 少年が戸惑いながらリュートに尋ねる。


「これからレディたちと食事をするんだ。失礼があってはいけないだろう?」


「い、いえ、服装の話ではなく……まあ、それもありますが……何故僕が?」


「これから共に勇者さまをお支えする仲間になるわけだからな。親睦を深めておいてお互いに損はないだろう?」


「‼」


 リュートの言葉に女性たちの目の色がガラッと変わる。


「な、仲間……?」


「ああ。君は従者として、彼女らはパーティーメンバ―としてな……」


「ひょっとして、こちらの方々がスカウトされた皆様ですか?」


「その予定だった……」


「だった?」


 少年が首を傾げる。


「残念ながら気が変わってしまったそうだ……」


 リュートがため息交じりで呟く。


「そ、そうですか……」


 少年が悲しげに俯く。


「……変わりました」


 ベルガが呟く。


「はい?」


 リュートがベルガの方に視線を向ける。


「変わりました」


「何がです?」


「気が変わったのが変わりました」


「ほう……!」


 リュートは笑みを浮かべる。


「あ、あの……?」


 少年が首を傾げる。


「さあさあ、君もこちらに座りたまえ」


 リュートは少年を女性たちの囲む円卓の空いている席に座らせる。


「お名前は?」


「シャ、シャルと申します……」


「お生まれは?」


「ここから南西の国です」


「いつから従者を?」


「祖父母の代から、坊ちゃま……勇者さまのお家にお世話になっております」


「年齢は?」


「十三です……」


「ほう、将来有望だね~」


「ええ?」


「はあ……姉さん、仕方がないわね……」


「そういうレプもよだれ出ているよ~」


「ご趣味は?」


「え? 読書でしょうか……」


「ふむ、知的な雰囲気がにじみ出ていますね……誰かさんとは違って」


 ベルガが眼鏡の縁を抑えながら呟く。


「ねえ、RANEやってる?」


「おい、カグラ、抜けがけすんな!」


「あ、あの……?」


「二人とも、異世界であるということを忘れていますよ……」


 ユキがカグラとマイに呆れる。


「好きな食べ物は?」


「え? な、なんでも食べますけど……」


「じゃあ、これあげる……」


 オッカがサラダを差し出す。


「あ、ありがとうございます……」


「まあまあ、これからずっと一緒のわけですから、お話はその辺にしてもらって……」


 リュートがシャルへの質問攻めを打ち切る。


「美少年で釣る……その手があったか……」


 様子を見ていたイオナが唸る。数日後……。小太りの勇者がリュートを怒鳴りつける。


「おい! クエスト失敗したぞ! どういうことだ⁉」


「……個の実力はある。経験と連携不足……最も顕著なのはモチベーション不足だが……」


 リュートが小太りの勇者を見て目を細める。


「な、何が言いたい⁉」


「いや、なんでもない……さて、アフターケアをしなくてはな……」


 リュートが顎をさすりながら呟く。

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