【第1章完】異世界スカウトマン~お望みのパーティーメンバー見つけます~

阿弥陀乃トンマージ

第1章

その男伝説につき

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 ここはとある酒場。まだ夕方にも関わらず、大勢の客でごった返している。


「ふう……」


 グレーの髪を丁寧にセットして、黒縁眼鏡をかけ、黒のスーツに身を包んだ赤い眼をした長身の男が酒を一口飲んで、グラスを置く。このグレーの髪の男は人間で、三十代くらいと思われるが、全身から醸し出す渋みがそれ以上の貫禄を与えており、女性客などの注目を集めている。もっとも男にとっては慣れたことのようで、それを気に留める様子はない。


「とうとう見つけたぞ……!」


 重そうな荷物を小さな少年に背負わせた、ツンツン頭で赤いバンダナを額に巻き。腰に剣を提げた小太りの男がグレーの髪の男のテーブルまでやってくる。青いマントをひるがえした小太りの男がグレーの髪の男に話しかけようとするが、グレーの髪の男はそれを制す。


「もう酒を飲んじまった、あいにくだが今日は店じまいだ」


「まだほんの一口だろう。酒よりも旨い話を持ってきた」


 小太りの男がニヤリと笑う。グレーの髪の男は二口目を飲もうとした手を止める。


「ほう……」


「俺は勇者だ、名前は……」


「いや、それは別にいい。このご時世、Fランクより下の勇者のことなどいちいち覚えちゃいられない……」


「むう……」


「俺の気が変わらん内にさっさと本題に入れ」


「……強力なパーティーメンバーを集めて欲しい!」


「断る」


「そ、即答だと⁉ な、なぜだ⁉」


「……理由を聞きたいか?」


「あ、当たり前だ!」


 グレーの髪の男が人差し指を立てる。


「まず一つ……衣服が綺麗すぎる」


「何だと? 身だしなみに気を使うのも、注目を集める者の務めだろう!」


「そういった意味じゃない……」


 グレーの髪の男が首を静かに左右に振る。


「どういった意味だ?」


「それなりに経験を積んだ勇者の衣服ってものには、冒険の記憶が染みつくものだ。これは単純な汚れではない……お前さん、簡易クエストにもろくに臨んでいないだろう」


「そ、それは……」


 小太りの男が黙る。グレーの髪の男は二口目を口にして、さらに続ける。


「もう一つはその剣の匂いだな。どんなに入念に洗っても、モンスターの血の匂いっていうものは簡単には取れないものなんだが……お前さん、野生のラージマウス一匹すらも斬ったことがないんじゃないか?」


「ぐっ……」


 小太りの男がさらに黙る。


「どうやら図星のようだな……帰れ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


「初心者同然のやつに紹介出来るようなメンバーは俺のリストには載ってねえんだよ」


「……俺は勇者として出世してえんだ!」


「……その手の台詞は聞き飽きたぜ、この『大勇者時代』にはよ……」


 小太りの男が俯きながら声を上げるのを聞きながらグレーの髪の男が三口目を口にする。


「勇者の中でも厳しい競争があるということは百も承知している! ただ、俺にはその競争を打ち勝つ強力な武器がある!」


 小太りの男が顔を上げる。グレーの髪の男が四口目を飲もうとした手を止める。


「……強力な武器だと? お前さん、勇者ランクは?」


「Zランクだ!」


 グレーの髪の男が思わずグラスを落としそうになる。


「ゼ、Zランク……この界隈に身を置いてそれなりになるが、初めて聞いたぜ、本当に存在するんだな……」


「一千万人中、一人いるかいないかだそうだ! レアじゃないか⁉」


「前向きだな……確かにレアだ……そうか、珍しい特殊スキルを持っているんだな?」


 グレーの髪の男が頷きながら尋ねる。


「いや、固有の剣術スキルと魔法スキルくらいしかない……」


 小太りの男が首を振る。グレーの髪の男が額を抑えながら尋ねる。


「ではなんだ? 強力な武器とやらは? 『ポジティブ』と書いて『馬鹿』と読む所か?」


「違う。おい!」


 小太りの男が顎をしゃくり、側に仕えていた少年が荷物をドサッと置く。小太りの男がその中身を見せる。


「!」


 グレーの髪の男の目の色がガラリと変わった。大量の紙幣がその荷物の中に詰まっていたからである。小太りの男が笑う。


「ははっ! これが俺の武器だ! 俺は圧倒的な資金力でこの大勇者時代に挑む!」


「どこからこんな大金を……賭博か?」


「ここまでの博才は無えよ」


「だろうな、Zランクなら運のステータスも限りなく低そうだ」


 グレーの髪の男が笑う。小太りの男がややムッとする。


「好き勝手言ってくれるな……」


「強盗でもしたか?」


「これから勇者になろうってやつがそんなことをするわけないだろう?」


「それもそうだな、大体……」


「大体?」


 小太りの男が首を傾げる。


「屋敷のメイドさんにも負けそうだ」


「坊ちゃまを愚弄するな!」


「おっと」


 少年が殴りかかるが、グレーの髪の男が軽くかわし、少年は派手に転ぶ。


「お、おのれ!」


「やめろ、シャル!」


「は、はい……」


 小太りの男の言葉に従い、少年は大人しくなる。


「今時珍しい従順な従者だ……それで?」


「死んだ爺さんが超のつく資産家でな……金はまだまだあるぞ!」


「……」


「この金でお前を雇いたい、生きる伝説とまで言われているスカウトマン、『リュート』!」


「………」


「お前の持つ卓越したスカウト能力で強力なパーティーメンバ―を集めてくれ!」


「…………」


 リュートと呼ばれた男は従者の少年に視線をやる。


「? どうした?」


「いや、なんでもない……これは前金として受け取っておく」


「ま、前金⁉ これでも結構な額だぞ⁉」


「スカウト活動ってのは、色々と物入りなんだよ……成功報酬はこの10倍だ」


「じゅ、10倍⁉」


「嫌なら、この話は無しだな」


 リュートは両手を広げ、首をすくめる。小太りの男が慌てながら答える。


「わ、分かった! 払おう!」


「交渉成立だ、早速今夜から動く。三か月でお望みのメンバーを揃えてやる」


「た、頼もしいな、あ、あと、これは必ずしもというわけではないんだが……」


「ああ、みなまで言うな、分かっているさ」


「そ、そうか? デヘヘへ……」


 リュートは小太りの男の肩をポンポンと叩く。小太りの男はいやらしく笑う。


「では三か月後、この酒場で会おう。吉報を期待していてくれ。酒代はよろしく」


 リュートは小太りの男性と少年にウインクして、颯爽と酒場を後にする。

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