第10話(4)中ボス討伐

                  ♢


「くっくっく……」


 移動中の馬車内で小太りの勇者がニヤニヤとする。


「……面白くはないですよ」


 クイナが横目で見ながら呟く。


「聞いてもいないのに決めつけるな!」


「先を読んでみました」


「そういうのは良い!」


「それは失礼……」


「けっけっけ……」


「完全に悪い奴の笑い方じゃん……」


 マイが呆れ気味の視線を向ける。


「誰が悪い奴だ!」


「怖い……」


 オッカが隣のアーヴに抱き着く。


「オッカさんが怖がっています……」


「こ、怖がらせるつもりはなかったんだが……」


 小太りの勇者が後頭部をポリポリと搔く。


「邪悪さは隠せないんだね……」


「誰が邪悪だ……!」


「冗談だよ」


 マイが肩をすくめる。


「かっかっか……」


「カラスの物真似?」


 ファインが首を傾げる。


「違う!」


「結構似ていましたよ」


「褒められても嬉しくない……!」


「そうですか」


「ひゃっひゃっひゃっ……」


「もう笑い声のバリエーションが尽きてきているじゃありませんか……」


 ベルガが頭を軽く抑える。


「しょうがないだろう! 笑いが止まらないんだからな!」


「……言っておきますが、今度は努々油断なさらぬよう……」


「分かっているさ。ドンと任せておけ」


 小太りの勇者が自らの胸を叩く。だらしのない腹がたぷんと揺れる。


「あっ!」


 御者をつとめていたシャルが馬車を停める。小太りの勇者が尋ねる。


「なんだなんだ、どうした?」


「い、いえ、あれを……」


 シャルが前方を指差す。そこには少し大きめのゴブリンが数匹いた。


「おおっ! あれだ!」


 小太りの勇者が馬車を転がるように降りる。シャルが慌てる。


「ぼ、坊ちゃま、危のうございますよ!」


「平気だ! まさか、こんなゴブリンどもの討伐が難易度B……上から数えて3番目のクエストとはな……大楽勝過ぎて笑いが止まらん……」


 小太りの勇者が笑みを浮かべながら、鞘から剣を抜く。レプが尋ねる。


「……援護はしなくても?」


「不要だ! 俺もそれなりに修羅場をくぐってきている……これくらいなんてことはない」


「最近は酒場を修羅場と呼ぶのかな~」


 ルパがボソッと呟く。


「行くぞ……それっ!」


「!」


 小太りの勇者が剣を振る。ゴブリン数匹が慌ててかわす。小太りの勇者が笑う。


「はははっ! ちょっと大きいだけで、所詮はゴブリンだな! 大したことは……⁉」


 ゴブリン数匹の背後から巨大なゴブリンが現れる。常人の3倍以上の大きさである。


「……!」


「どわっ⁉」


 巨大なゴブリンが持っていた大きな斧を振る。小太りの勇者には運よく当たらなかったが、風圧で吹き飛ばされる。小太りの勇者はコロコロと転がる。ファインが呟く。


「ギガントゴブリン……並のゴブリンとは大きさも腕力もケタ違いのゴブリンだ……」


「そ、そういう大事なことは早く言えと……!」


「ギルドの説明をきちんと聞かないからですよ……ベルガさんも念を押していたのに……」


「思ったよりは大きいですが……まあ、やりようはあります……それっ!」


「‼」


 ベルガが杖を掲げ、ギガントゴブリンに雷撃を食らわせる。ギガントゴブリンがふらつく。


「オッカさん! お願いします!」


「うん……グオオッ!」


「⁉」


 ドラゴンに変化したオッカが火炎を吐く。それを受け、ギガントゴブリンは丸焦げになる。


「よ、よし、俺の計算通りだ……!」


 馬車に轢かれたカエルのような体勢になりながら、小太りの勇者が頷く。


「お疲れ様です!」


 イオナがホテルに戻って来たパーティーをロビーで迎える。


「いえ、大したことはありません……」


 ベルガが眼鏡をクイっと上げる。


「いやいや、凄いですよ! 難易度CとBのクエストを立て続けにクリアするなんて!」


「皆さんのお陰です……」


「そんなに謙遜することはないですよ……」


 ロビーのソファーに腰かけていたリュートが口を開く。


「本心ですよ」


「まあ、それは良いとして……お茶でも飲みませんか?」


 リュートが自らの向かいの席を指し示す。


「……いただきましょう」


 ベルガが座る。そして、お茶を口にする。やや間を空けて、リュートが話す。


「……良い知らせと悪い知らせともっと悪い知らせがあります」


「珍しい言い回しをしますね」


 ベルガが苦笑する。


「どれから聞きたいですか?」


「……良い知らせから」


「皆さんの名声がうなぎ登りです。“皆さん”のね……」


「それは結構なことです……」


 ベルガが満足そうに頷く。リュートも頷く。


「こちらとしても非常に喜ばしい限りです」


「……悪い知らせとは?」


「……帝王の軍勢が動きを活発化させています」


「ふむ……」


 ベルガが顔をしかめる。リュートが両手を広げる。


「この地方の平穏がさらに乱れますね……」


「……それよりももっと悪い知らせとは?」


 ベルガが問う。リュートがやや躊躇いがちに答える。


「……帝王軍の主力、『四天王』が自ら動き出しています」


「ほう……」


「狙いは勇者さまのパーティー……より正確に言うならば、貴女方ですか……」


「受けて立つしかありませんね……冒険者になった以上はある程度覚悟していたことです」


「なんとも頼もしいお言葉です。それでこれが四天王の情報なのですが……」


「仕事が早いですね……」


 リュートが机の上に紙を数枚並べる。ベルガがそれに視線を落とす。

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