第12話(2)戦闘の前夜

「君たち三人はやはり一緒にいたか……」


 リュートが、カフェラウンジで一緒の席に座っている、ユキ、カグラ、マイの三人に声をかけて近寄る。ユキが呟く。


「あ、リュートさん……」


「こちらの空いている席に座ってもいいかな?」


「ええ、どうぞ」


 リュートが腰をかけ、茶を注文する。しばらくして茶が届く。


「……」


「………」


「女の子が三人集まっているのにずいぶんと静かだね……?」


「それは……三人とも不安で……」


 リュートの問いにユキが反応する。


「不安……ということは?」


「帝王さんが軍勢を率いて攻めてくるんですよね?」


「聞いていたか……」


「はい、先ほど勇者さまがわめいていらっしゃったので……」


「ちっ、いたずらに不安を伝播させてどうする……」


 リュートが舌打ち交じりに呟く。


「……マズいんじゃねえか?」


「っていうよりヤバい?」


 マイとカグラがリュートに視線を向ける。


「…………」


 リュートが茶を飲む。それを見てマイが苛立つ。


「優雅に茶を飲んでいる場合かよ……!」


「……四天王との戦いを思い出してみたまえ」


「え……?」


「君らはそれぞれ他のパーティーメンバーとも連携を取って、相手を撃退していた。この短期間で凄まじい成長ぶりだ。元々の素質もある……帝王の軍勢を警戒することは大事だが、必要以上に恐れることはない……」


「そ、そうですか……?」


「ああ、そうだよ、ユキさん。異世界からきた君たちにはあれがあるしね」


「あれ?」


「伸び代だ……若さに加えて、この世界に適応を深めた分のね」


「そ、そうか! じゃあ、ウチら超ヤバいじゃん! 最強じゃん! イケるよ、二人とも!」


「あ、ああ……ヤバいってどちらの意味でも使うんだっけな……分かりづらい……」


 笑顔を浮かべるカグラとそれにつられて笑うユキとマイを見て、リュートは苦笑する。


「……………」


「ああ、こちらにいましたか、ファインさん」


 リュートは中庭のベンチで本を読むファインに声をかける。


「誰かと思えばリュートさんですか……」


「となりに座ってもいいかな?」


「どうぞ……」


「失礼……」


「……………」


「夢中になって何を読んでいるんだい?」


「別に夢中というわけじゃないですけれど……」


 ファインがリュートに本を渡す。リュートが本をパラパラとめくる。


「……モンスターの使役に関する本か……専門用語だらけで難しいな」


「専門用語と分かるだけでも大したものです……」


「ははっ、そういう考え方もあるか……」


「ふふっ……」


 リュートが笑うと、ファインも微笑を浮かべる。リュートが本を返す。


「しかし、今さらモンスターの使役について知識を深める必要があるのかい? そりゃあ、人生というものはある意味、日々勉強だけれども」


「何かしていないと不安で……」


 本を受け取ったファインが俯く。


「そういや、この中庭で勇者さまが……」


「そう、帝王率いる軍勢が攻めてくると騒いでいて……面倒そうだから隠れて顔を合わせないようにしていたんですけど……」


「……植物にも詳しいよね?」


 リュートがベンチから立って、中庭に生えている草花に近づく。ファインが応える。


「ま、まあ、それなりには……」


「不安を解消する草とかはないかな?」


「せ、煎じて飲めば、不安を和らげるものはありますが、さすがに解消とまでは……」


「ならば想像力で補うしかないか……」


「想像力?」


「例えば、南に下ると、この街より少し規模は小さいが、リゾート地として名高い街がある。綺麗な海、青い空に白い砂浜、ひょっとしたら素敵な出会いが待っているかもね……」


「!」


「不安よりも希望を抱いた方が良いんじゃないか?」


「……山育ちだから海には憧れていました……是非とも行かなくてなりませんね……!」


 ファインが深く頷く。


「ふん! ふん!」


「毎度の如く、精が出るね……」


「あ、お疲れ様です……」


 ホテルの広い中庭には、模造剣を素振りするアーヴもいた。


「もうそろそろ休んだ方が良いんじゃないか?」


「か、体を動かしていないと不安で……」


 アーヴが汗を拭いながら答える。


「君も勇者さまが騒いでいるのを聞いたのかい?」


「え、ええ……先ほど、この中庭で騒いでいらっしゃるのが聞こえて……」


「なんて言っていた?」


「ほとんど悲鳴に近かったので、詳しい内容までは……」


 アーヴが首を傾げる。


「そうか……」


「帝王が自ら率いる軍勢がこの街に攻めてくるのですよね?」


「そのようだね……」


「強力な軍勢でしょうね……」


「帝王直属な訳だからね。それはまあ、強力だと思うよ」


「ふむ……やはり、もう少し……」


「お、おい……」


「ふん! ふん! ふん!」


 アーヴが剣の素振りを再開させる。リュートが後頭部を抑えて苦笑する。


「不安というか、テンションが上がっているんだな……さて……」


「! あ……」


 リュートが立てかけてあったもう一振りの模造剣を手に取って、アーヴの前に立つ。


「どれ、少し相手をさせてもらおうか……」


「し、しかし……」


「その方がイメージしやすいだろう? ……来ないならこちらから行くぞ!」


「‼」


 アーヴは驚く。以前手合わせした時よりも、リュートの構えはまともなものになっており、より鋭い攻撃を繰り出してきたからである。リュートが声を上げる。


「もらった!」


「くっ‼」


 アーヴがリュートの剣を弾き飛ばす。リュートが自らの側頭部を人差し指で叩いて呟く。


「……それで良い。心はホットに、頭はクールにだ……」


「れ、冷静になることが出来ました。ありがとうございました!」


 アーヴがリュートに向かって頭を下げる。


「ふう……」


 ラウンジでお茶を飲んだベルガがひと息つく。


「部屋にいらっしゃらないと思ったら、こちらにいらっしゃったのですか……」


 リュートが後方からベルガに声をかける。ベルガは視線を向けて頷く。


「あ、はい……少し眠れなくて……」


「それは……帝王軍の行軍図ですか?」


 リュートがテーブルの上に広げられた紙を見て、わずかに驚く。


「ええ、少しでも対策を練っておこうかと思いまして……」


「失礼……これを一体どこから?」


 ベルガの対面に座ったリュートが問う。ベルガが答える。


「イオナさんから頂きました。防衛部隊の斥候がついさっき確認してきたものだそうです。正直どこまで正確なものかは疑問符が付きますが、多少は参考にはなります」


「ほう……イオナくんもどうしてなかなか気が利くじゃないか……」


 リュートが感心する。ベルガが図を眺めながら、わずかに首を捻る。


「欲を言えば、もう少し戦力の内訳が分かれば良いのですが……そうすればどのような陣を敷いてくるのかも、ある程度の予想がつくのですけれど……」


「そうおっしゃると思って……」


 リュートが別の紙をテーブルの上にスッと差し出す。それを見たベルガが驚く。


「こ、これは……⁉ 帝王軍の内部資料ではないですか⁉ どこでこれを……⁉」


「あまり大きな声では言えませんが、色々とつてがありまして……」


 リュートが小声で答える。資料を見つめながらベルガが呟く。


「つてが無ければ、まず入手は困難でしょうね……」


「へえ、怒ったりはしないんですね」


「お仕事柄、コネクションなどはそこかしこにあるものでしょう?」


「ご理解頂けて嬉しく思います」


 リュートが両手を広げる。ベルガが資料に目を通す。


「これなら布陣を予想することが出来ます……」


「水を差すようですが……完璧な予想というのは難しいのでは?」


「心構えは出来ます。それと逆算します」


「逆算ですか?」


「ええ、こういう陣形はこちら……我々も予想だにしないだろうななどと……試験問題を作成するようなものですかね?」


「ふふっ、元教師の方らしいお考えですね……」


「……心構えが出来たら、だんだんと安心してきました。そろそろ休みます」


「それはなによりです。では、失礼……」


 リュートが席を立つ。

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