第5話(1)夜の街

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「う~ん……」


 夜の街でふと立ち止まったリュートにイオナが尋ねる。


「どうかしましたか?」


「いや、それはこっちの台詞だ……」


「え?」


「君、もう夜だぞ?」


「いや、それは分かりますよ」


 イオナが周囲を見回しながら頷く。


「そうじゃなくて……」


「ええ?」


「いつまでついてくる気だ?」


「いつまでって……」


「子供はもう寝る時間だぞ?」


「こ、子供じゃないですよ!」


 イオナがムッとする。


「ああ、失礼……」


「?」


「お子ちゃまはもう寝る時間だぞ?」


「お、お子ちゃまって! わざわざ言い直すことですか⁉」


「いや、てっきり敬意が足りないのかと思ってな」


「全然敬ってないでしょう!」


 イオナが声を上げる。


「とにかくもう帰りたまえよ」


「いいえ、帰りません」


 イオナが首を左右に振る。


「なんで帰らないんだ?」


「な、なんでって……」


「ひょっとして……」


 リュートが心配そうな目つきになる。


「は、はい?」


「宿への道順を忘れたのか?」


「わ、忘れていません! ちゃんと憶えています!」


「なんだ……」


「なんでちょっとがっかりしているんですか⁉」


「それはそれでつまらないなと思ってな」


「酷い!」


「まあ、本当に忘れていたら……」


「忘れていたら?」


「心底面倒な女だと思っただろうな」


「更に酷い! 送ってあげるとか、そういう発想はないんですか?」


「か弱いレディ相手だったのなら、それもあるが……」


「あるが……?」


 リュートはやや間をあけて告げる。


「……君に関してはまったくないよ」


「酷すぎません⁉」


 リュートがイオナをじっと見つめる。


「……」


「………」


「…………」


「……………」


「………………」


「…………………」


「……………………うん、まったくないよ」


「繰り返さなくていいですよ! な、なんですか、今の長い間は⁉」


「よくよく観察・確認したんだ」


「結果がそれですか!」


 イオナが叫ぶ。リュートが片方の耳の穴に人差し指を突っ込みながらぼやく。


「うるさいなあ……いいから帰りたまえよ」


「だから帰りませんって!」


「なんでだよ」


「いつもこういう夜の酒場などを回って情報収集をされているんでしょう? そこまでご一緒して勉強させていただきます!」


「ええ……」


 リュートが嫌そうな顔をする。


「そんなに嫌そうな顔をしないで下さいよ」


「嫌そうじゃない、嫌なんだよ」


「! そ、そんな……」


「転移者のスカウトも上手くいったからな。その祝いで酒場はもう二、三軒くらい回ろうかと思ったが……」


「で、では、その二、三軒分の酒代、私が出します!」


「イオナ君、君はとっても聡明な女性だね」


「変わり身早っ!」


「じゃあ、まずはそこの店に……」


 リュートが店に入っていき、イオナがそれに続く。やがて……。


「……ただ、お酒を飲んだだけじゃないですか⁉」


「ごちそうさまでした……」


「そうじゃなくて!」


「なんだい?」


「情報収集は?」


「毎晩毎晩、神経を使っていたら疲れて果ててしまうだろう。今日は飲みに専念したんだよ」


「そ、そんな~」


「じゃあ、宿に戻るか」


「お、奢り損じゃないですか~」


「俺は得したからそれでいいじゃないか」


「そういう問題じゃ……」


「ふむ……それならそこに寄ってみるか?」


「ええ? もうお酒は……」


「違う、よく見ろ」


 イオナはリュートの指し示した建物を見る。


「う、占いの館?」


「なかなか珍しいな、入ってみよう」


「あ……」


「いらっしゃいませ……」


 金髪碧眼で、ツインテールの髪型をしたエルフの女性がそこに座っていた。


「エ、エルフの方……」


 イオナがエルフ特有の長く尖った耳を見つめる。美しい顔立ちのエルフの女性が微笑む。


「エルフは珍しいですか?」


「い、いえ、すみません、ジロジロと見てしまって……」


「構いませんよ、慣れていますので。何か占っていきますか?」


「占ってもらったらどうだ?」


「え? じゃ、じゃあ、仕事の運勢を……」


「ふむ……今は苦しい時期でしょうが、きっと道は開けます」


「ひ、開けますか⁉」


「ええ、貴女の努力を神さまはしっかりと見てくれています……」


「う、うわ~ん! リュートさん! この方をスカウトしましょうよ!」


「なんでそうなる……悪酔いし過ぎだ」


 泣き崩れるイオナを見ながら、リュートが呆れる。

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