第3話(1)都会のメリット

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「はあ……はあ……」


「ふっ、ふっ、ふっ……」


「ひい……ひい……」


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」


「ぜえ……ぜえ……」


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」


「リュ、リュートさん!」


「ん?」


 緑豊かな公園を走るリュートをイオナが呼び止める。


「も、もう少しペースを落として下さいよ……」


「十分落としているが……」


「ええ……?」


「せいぜい七割くらいしか全力は出していないぞ」


「そ、そんな……」


 イオナの顔色が青ざめる。


「顔色が悪いぞ、休んだ方がいい」


「い、いえ、一流のスカウトマンを目指すため、リュートさんにはなんとしても食らいついていかないといけません……」


「別にここで食らいつく必要はないと思うが……」


「いや、食らいついていきます……」


「いや、イオナくん、君さ……だいぶ周回遅れだぜ」


「え⁉」


「全然食らいついてこられてないぞ」


「そ、そんな……」


「俺に何度も抜かれたのに気が付いてなかったのか?」


「ま、まさか……」


「もう君のことを五回は抜いていると思うぜ」


「ウ、ウソだ……」


「そんなウソ吐いてもしょうがないだろう」


「ううっ……」


 イオナが崩れ落ちる。


「ああ、そんなところでへたり込むな。他のランナーの邪魔になる。ベンチに行くぞ」


 リュートがイオナを担いでベンチに座らせ、自らも座る。


「ふう……」


「まあ、水を飲みたまえよ」


 リュートが水筒を差し出す。


「あ、ありがとうございます……ごく……ごく……」


 イオナが水を飲む。やや間を置いてリュートが尋ねる。


「落ち着いたか?」


「え、ええ……あ、ありがとうございました」


 イオナが水筒をリュートに返す。


「君も運動するなら水くらい用意しないと駄目だぞ。水分補給は基本中の基本だ」


 水筒で自らの肩をポンポンと叩きながらリュートが諭す。


「つ、疲れたら、近くの露店で買おうと思ったんですよ。それに……」


「それに?」


「軽いランニングだっておっしゃっていたから……」


「ああ、言ったね」


「全然軽くないじゃないですか⁉」


 イオナが声を上げる。リュートは耳の穴を塞ぎながら、ウンザリしたように応える。


「……軽かっただろう」


「いやいや、異常なペースでしたよ⁉」


「俺にとってはあくまで通常だ」


「そんな……」


「簡単だ、俺の『軽い』と君の『軽い』は違う。それだけのことだ」


「そ、それだけって……」


「大体だな、自分なりの物事の見方、尺度をもつことということは大事ではあるが……それを自分以外に無理に当てはめよう、押し付けようとするな」


「!」


「それでは物事の本質を見誤ってしまうことがあるぜ」


 リュートが水を飲む。


「し、しかし、お言葉ですが……リュートさんこそ自分の尺度を当てはめ、押し付けているように見えるのですが……」


「まあ、当てはめているな」


「そ、それは良くないじゃないんですか?」


「それを補うための経験だよ」


「経験……」


「そう、その経験を積み重ねることによって培われるのが判断力だ」


「判断力……」


「的確な判断力があれば、物事や状況を見誤ることは少なくなる。仮に見誤ったとしても、これまでの経験から修正案、代案などを考え付くことが出来る」


「ふむ……」


「メモしないのか?」


 リュートが笑みを浮かべる。


「ちょ、ちょっと、今はそういう気力が……」


「若いのにだらしがないな」


「いや、リュートさんがおかしいんですよ……」


「おかしい? どこが?」


「昨日ですよ。朝昼晩とあれだけ食べて、しかもスイーツまで! さらには夜遅くまで酒場で飲んで……どうして翌朝これだけ動けるんです?」


「鍛え方が違う」


 リュートが袖をまくって、力こぶを作ってみせる。


「いや、それにしても……」


「だから言っただろ? 君の尺度で測るなよ、俺にとっては無理のない食事量であり、酒量だった……それだけのことさ」


「……それでも結構飲み食いしていたと思うんですよね……」


「まあ、ここは結構な都会だからな、色々な地域の料理や酒を楽しむことが出来る。よって多少は食べ過ぎ、飲み過ぎたかもしれないな」


 リュートがベンチに寄りかかりながら、街をゆっくりと見回す。


「もしかしてですが、この街に来たのは……?」


「うん?」


「ただ単に遊びたかっただけですか?」


「は~あ……」


 リュートが深いため息をつく。


「ち、違うんですか?」


「いいかい。都会には多くの人や種族が集まるんだ……それによって得られる情報も多い」


「! あ、ああ……」


「ただ単に飲み食いしていたわけじゃないさ。レストランでも酒場でも、自ら話しかけたり、色々と聞き耳は立てていたんだ」


「な、なるほど……都会にはそういうメリットが……」


「そうだ。そろそろホテルに戻るか……」


「はい」


 ホテルに戻り、シャワーを浴びて着替え、ロビーに出てきたイオナにリュートが告げる。


「来たか。遠出が可能な馬車を確保してきてくれ」


「遠出ですか?」


「ああ、田舎に行こう」


「と、都会は⁉」


 イオナが驚きの声を上げる。

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