第7話(3)スーパールーキー

「ふう……」


「うう……」


 口元を抑えながらイオナがリュートに続いて店を出る。


「まだ明るい内から飲み過ぎだ……」


 リュートが呆れた様子で振り返る。


「ヤケ酒でもしなきゃやってられませんよ……!」


「あの程度の失敗を引きずっていちゃあ、スカウトマンなんてやってられんぜ?」


「え?」


 俯いていたイオナが顔を上げる。


「十回スカウトして九回は失敗するものだ……」


「リュ、リュートさんもそうだったんですか⁉」


「いいや」


「は?」


 イオナが口を大きく開ける。


「それはあくまでも凡人の場合だ。俺には当てはまらん」


「もしかして……自慢ですか?」


「事実を言ったまでだ」


「はいはい……」


 イオナがふてくされる。


「ふてくされている暇があるのか?」


「はい?」


「君のスカウト活動はこれで終わりなのかい?」


「え、まだ続けて良いんですか?」


「任せようと言ったはずだが?」


「え、ええ?」


 イオナが戸惑う。


「なんだ? やめるのか?」


「や、やめないです! 続けます!」


「それじゃあ、続けたまえよ」


「そ、そうですね。でも……」


 イオナが腕を組んで首を捻る。


「どうした?」


 リュートが尋ねる。


「いや、わりと万策尽きたというか……」


「尽きるのが早いな……」


 リュートが苦笑する。


「いや、今の酒場で決めようと思っていたもので……」


 イオナが側頭部を抑える。


「……これはあくまでも独り言だが……」


 リュートが口を開く。


「は、はい?」


「もうちょっと簡単に考えてみたらどうだろうか」


「簡単に?」


「人の集まる場所は酒場や広場、市場などあるが……」


「え、ええ……」


「冒険者が集まる場所は……」


「! そ、そうか! 分かりました!」


 イオナが走り出す。リュートがその後ろ姿を見ながらため息交じりで呟く。


「さて、成果は出るかね……?」


「……リュートさん! 今、この冒険者ギルドで色々聞いてきたんですけど……!」


「少し落ち着け。それは見れば分かる……」


 ギルドの建物から興奮気味に飛び出してきたイオナをリュートは落ち着かせる。


「し、失礼……」


 イオナが呼吸を整える。やや間を置いてからリュートが問う。


「……なにか有力な情報があったのか?」


「先日から、ここのギルドが発注している高難度のクエストを次々とクリアしている人がいるそうです。しかもたった一人で!」


「ほう……」


 リュートが顎をさする。


「近隣の街のギルドでも、その名前を聞いたり、顔を見たという人はいないそうです」


「この街に突如として現れたスーパールーキーか……」


「そういうことです!」


「ふむ……」


「どうですか?」


「何がだ?」


「その方をスカウトしようかなと思うのですが……」


「……」


「だ、駄目ですか?」


「駄目じゃないが……突如として現れたというのは……」


「? 何か気になりますか?」


「いや、君の好きにすればいいさ……」


「分かりました!」


 イオナが元気よく返事をする。


「とはいえ、そいつはどこにいるんだ?」


「それが……ああっ⁉」


 周囲を見回したイオナが驚く。オークの首を担いだ黒ずくめの服装で黒髪の青年が冒険者ギルドに向かって歩いてきたからである。


「あの大きさは……メガオークだな」


「クエストの討伐対象になっていたものです! まさかあの方が……」


 青年は首を無造作に置くと、冒険者ギルドの中を覗き込んで声をかける。冒険者ギルドの職員が慌てて外に出て、メガオークの首を確認すると、それを大柄な別の職員数人に運ばせ、青年を中に招き入れる。しばらくして、青年が冒険者ギルドから出てくる。


「………」


「おい、待ちな!」


 青年をスキンヘッドで筋骨隆々とした大男が呼び止める。


「……なんだ?」


「少し調子に乗り過ぎだぜ、ルーキー……」


「どういう意味だ?」


「縄張りってもんがあんだ。お前さんがどんどんモンスターどもを好き勝手に狩っちまうから、こっちの儲けが全然無えんだ!」


「そんなもの自由だろう。いちいち許可がいるのか?」


「挨拶くらいあってしかるべきだろう?」


「……くだらんな……」


 青年が大男に背を向けて歩き出す。


「おいおい! まだ話は終わってねえぞ!」


「…………」


「シカトかよ! 良い度胸だ! 少し痛い目見ねえと分からねえらしいな!」


 大男が殴りかかる。イオナが声を上げる。


「あ、危ない⁉」


「はあ……」


「⁉」


 振り返った青年が右手をかざすと、大男の動きが止まる。


「喧嘩を売ってきたのはそちらだ。恨み言を言うなよ……」


「がはあっ⁉」


 青年が右手を捻ると、大男の手足がそれぞれ逆方向に曲がる。


「む、やり過ぎたか?」


「ぐう、い、痛えよ~!」


「やれやれ……もう少し防御力があるかと思ったのだが。魔法耐性もほぼゼロとは……」


 青年が呆れた様子で額を抑える。


「い、痛え~」


「仕方がないな……」


 青年が道にのたうち回る大男の下に近づく。


「?」


「ほらよ……」


 青年が左手をかかげる。大男の体を青白い光が包み込む。


「……! 手足が元に戻った! 痛くねえ!」


「高レベルの治癒魔法……!」


 イオナが驚く。大男が居住まいを正して、青年に語りかける。


「お、俺の負けだ! 兄貴と呼ばせてくれ! アンタの仲間にしてくれよ!」


「仲間? 俺は誰ともつるまん……」


 青年はそこから振り向いて歩き出す。大男が声をかける。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 兄貴~!」


「……………」


 青年はスタスタと歩いて行く。イオナが追いかけて声をかける。


「す、すみません!」


「女か……なんだ?」


 青年がイオナの方に振り返る。


「私はイオナと申します。スカウトマンをしておりまして……」


「スカウトマン?」


「ええ、とある勇者さまのパーティーメンバーに入りませんか?」


「興味ないね」


 青年が首を振る。


「い、いや、その圧倒的なまでの魔力! 必ずや平和の為に役立つと思うんです!」


「平和? 俺の力はあくまでも俺の為に役立だせるさ」


「そ、そんな……」


「なにせ一度死んだ身だからな」


「え? 死んだ?」


「俺は転生者だ」


「て、転生者⁉」


「ああ、転生の際に、この『魔力量無尽蔵』というスキルを手に入れた……」


「『魔力量無尽蔵』⁉ チ、チートスキルじゃないですか⁉」


「前世では諸々の事情でベストを尽くすことが出来なかった……今世ではベストを尽くすと決めたんだ。俺のやりたいようにやらせてもらう……!」


 青年はそう言って、振り向いて歩き出す。

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