第2話(1)酒場にて
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「しかし、驚きました……」
酒場で向かい合って座るリュートに対し、イオナが話しかける。
「……何がだ」
「ベルガ先生をスカウトしたことですよ」
「何を驚くことがある」
「だって、あのイケウロナ魔法学院ですよ? 誰だって普通は学生をスカウトすると思うじゃないですか?」
「……普通ってなんだ?」
「え?」
「え?じゃない、こっちが聞いている」
「ええっと……常識というか……」
「常識か」
「は、はい……」
「……君らの言う常識とやらを俺に無理やり当てはめないでくれないか」
「あ、し、失礼しました……」
イオナが頭を下げる。
「分かればいいさ……」
「つまりリュートさんは非常識だということですね!」
リュートは体勢を崩す。
「……なんでそうなる」
「え? い、いや、常識に当てはまらないということは、それすなわち非常識だということになるのではないでしょうか?」
「……君はどうしてなかなか失礼な奴だな……」
「ええっ? そ、そんなつもりは……」
イオナが慌てる。
「自覚が無いというのなら、なおさら性質が悪い……」
「な、何かマズかったでしょうか?」
「……俺は自らのことを極めて常識的だと思っているよ」
「ええ……?」
「但し、それは俺のレベルにおいての話だ」
「レベル?」
イオナが首を傾げる。
「ああ、そうだ」
「……つまり、どういうことでしょうか?」
イオナが尋ねる。
「つまりだ」
「はい」
「君ら如きの低いレベルでの常識の物差しで測らないでくれということだ」
「ご、如きって⁉」
「事実だろう……誰もベルガ先生に注目していなかったのだからな、あの高名な魔法学院で一年も務めていたというのに……」
「むう……」
「まあ、強いていうなら彼女を学院に呼んだ奴は多少の目利きではあるか……それが誰なのかは知らないがね」
「はあ……」
「それでも、俺が彼女をスカウトするとなっても阻止しようとしないあたり、彼女の値打ちを真に理解はしていなかったようだな」
「そういえば……」
「ん?」
「一応の根回しは済んだとおっしゃっていましたが……」
「ああ、言ったね」
リュートは酒を一口飲む。
「根回しとはなんですか?」
「新年度が始まるというこの時期に教員が一人欠けるのは大変なことだろう?」
「え、ええ……」
「まあ、その辺はどうかご勘弁下さいとちょっとした挨拶回りをね……」
「お偉いさん……学院上層部を回ったんですか?」
「そうだ。知らん仲ではないからね」
「す、すごいですね……」
「そうかい? 別に大したことではないよ」
「いやいや、大したことありますよ。イケウロナ学院の上層部の方々なんて、例えば私なんかじゃまずお目にかかれませんよ」
「俺もなんだかんだとこの業界に長いこといるからな……」
リュートが遠い目をする。
「長いからどうにかなるものでもないでしょう、そういう繋がりを持つのは……」
「それはそうだな」
「一体どうやって?」
「それは色々と辛酸を舐めてきたよ……」
「色々と?」
「ああ」
「どういったことですか?」
「それは秘密です」
リュートが左手の人差し指を口に当てる。
「えー?」
イオナが唇を尖らせる。
「苦労して作ったコネクションだ。簡単に教えるわけがないだろう。それに……」
「それに?」
「俺と同じことをして上手くいくなら誰も苦労はしない」
「そ、それは確かに……」
「だろ?」
「で、では、そういうコネクションで話はとんとん拍子にまとまったんですね?」
「……」
リュートが黙る。
「あら?」
「……そういうことにしておこうか」
「え、違うんですか?」
「君も一杯くらい飲んだらどうだ?」
「話を逸らさないでください!」
「逸らしてないよ、終わらせようとしている」
「もっとひどい!」
「ひどいことはないだろう」
「……もしかして」
「なんだ?」
「お金を渡したんじゃ……」
「……なに、ほんのお食事代だ」
「マ、マズくないですか⁉」
「バレたら多少はマズいだろうね……向こうの立場が」
「良いんですか?」
「証拠がなければどうにもならんさ……」
「……いつもそういうことを?」
「ケースバイケースだ。しかし、極めて有効な手段ではある。今回のような優秀な人材を逃したくないときにはね」
「……ベルガ先生はそこまで優秀でしょうか?」
「教鞭を取って、教壇に立つということは選ばれし者しか出来ないとは思わないかい?」
「それはまあ、確かに……」
「さて、今度はどこに行こうかね……」
ナッツをつまみながらリュートが笑みを浮かべる。
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