第26話 影は解放される

 聖女の儀式は近日中に行われる。私が選ばれたことは、その日のうちに神殿中に話が駆け回った。


 ひそひそと話をしながら遠くから見ている者、いきなり親しげに話しかけてくる者、あからさまに避ける者……いろんな人がいた。


「聖女用の部屋!?すごーい!豪華!!」


 神殿から特別室が与えられ、今までの倍の広さと世話係がつけられることになった。世話係が私の身の回りのことをしてくれるらしい。


 至れり尽くせりとはこのこと!?室内もふかふかで大きなベッド、ソファーに鏡台、テーブルの上には美味しそうなフルーツにお茶セット。


「あら?モジャコがいないわ」


 ふと気づくとモジャコはいなかった。セスの゙ところへ帰ったのかもしれない。なんとなく寂しいけど、私のものではないから仕方ないわ。


 それに好都合。セスに見張られてる気がするもの。


 ラウラ様、お食事の用意ができました。

 ラウラ様、肌の手入れの時間です。

 ラウラ様、お風呂はいかがですか?

 ラウラ様、髪を結わせて頂きます。


 身の回りの世話をする神官がいて、まるで王女のような扱いだった。


 昨日の私はどこいっちゃったんだろう?そう思うほどの変わりようだった。掃除当番も無いし、お風呂の時間だって決められてないし、ご飯なんて好きなものしかでない。

 

「これが贅沢ってものなのかしら?」


 柔らかく上質な服の生地を手で、そっと撫ぜてみる。


 与えられる代わりに聖女の責任とこれから仕事をこなすことになるのだろう。今はまだ世界樹へ力を送ることしかしてないけれど他にも要求されることがあるかもしれない。


 持つ者と持たざる者。この世はなんて不公平なんだろう。でもゴミを漁って生きていたけれど……私はあの時、不幸せではなかった。


 それなら幼い頃の私は何を持っていて、今は何を持っていないのだろう?


 ――やりなさいよ。感情のまま、ずっと望んでいたことを。


 幼い頃を思い出した瞬間、囁く声が足元の影から聞こえた。


 ――ほら、怒りや悲しみを思い出して。


 焼けていく臭いと叫び声がする。暴れても子どもの力では振り解けない。住んでいた場所がなくなっていくのを目に焼き付けられるように見せられる。あっという間に無くなっていく。


 ――なにもかも奪われちゃったわねぇ。可哀想なラウラ。今度はお前たちの番だと笑ってやりましょうよ。


 殴られて、ぐったりしてる男の゙子だけでも癒してあげたいと手を伸ばす。大人の神官がしなくて良いと笑う。でも死んでしまう。せめてその男の子だけでもさせてください!と懇願し、泣く私の声は無視される。


 ――傲慢な王家、神殿に、地を這うように生きてる者がいることを思い出させてあげましょうよ。


 でも……と、少し躊躇う私の気持ちを影が腕を伸ばして捕まえる。ヒッと悲鳴をあげそうになる。


「世界樹をこの世から消すわ」


 影が私になる。ずっと封じていた影がクスクス笑った。やっとこの日が来た。

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