第31話 その涙は花となる

「来ないで!近寄らないで!」


 私の声を無視してセスが近づいてくる。なんで今更、私の心が揺さぶるようなことが起こるのよ!?


「あの時はありがとう……それをずっと言いたかった」


 聞きたくない!思わず耳を塞ぐ。


「そ、そんなことを……なんで今……今なのよ……」


 黒い影の中にいるはずのラウラがセス!と名を呼ぶのが聞こえた。黙ってなさいよ!もう一人の私なんていなくなりなさいよ!あと少し、あと少しで世界樹は無くなるの!


「近寄らないで。世界樹を燃やすわよ!!」


 私が脅す言葉なんて聞こえていたのかいなかったのか……セスは幹に手を当てていた私の手を握りしめ、自分に抱きよせた。


「なにするのよ!離しなさいよ!」


「今、ラウラが大罪人になったら、おまえの負けだぞ。本当に悪いのはだれだよ?おまえが悪くなってどうするんだよ」


「でも……でも……私のせいなの……」


「神殿に捕まったのはオレのせいだ。憎むならオレを憎めよ」


 ギュッと力を込めて抱きしめられる。


「オレはおまえを聖女候補として選ばれたが、助けないでおこうと思った。それなら聖女になれないだろうって思った。それなのに……なぜか……助けてしまった」


 ごめんと小さく呟いたセス。


 ポロリと私の目から涙が出た。ポロポロ溢れてゆく。十年ぶりほどだろうか?ずっと泣けなかった。それなのに今、涙が止まらない。


「泣いてるのか?泣けばいいさ」


「セス……助けに来てくれてありがとう」


 影は元の影へと。私は元のラウラに戻っていた。まるで涙が鍵だったかのように。


「涙の止め方忘れてしまって……止まらないの」


 うん……と抱きしめたまま、セスが頷いた。


「大丈夫だ。待つよ。涙が止まるまで待っている」


 私の涙はポタポタと世界樹の根にまで落ちた。ザワザワと風も無いのに騒ぎ出す葉。なに?と私とセスは見上げた。


『花!?』


 葉の間から白い花が咲き出す。夜の闇に浮かぶように白い花々が………なに!?ふわりと風に揺れるように散る。飛んでゆく。花がどんどん咲いて散っていき、雪のようにザアザアと花びらが降っていく。


「ラウラ!?」


 私の視界が揺らいだ。眠い……だめ……寝ちゃだめ!自分の意識に反して私の目は閉じる。セス……助けてくれて……ありがとう……。もう一度だけお礼を口で言ったけど聞こえただろうか?


 セスがラウラと名を呼んでいるが、もう目は開かなかった。

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