第30話 セスの役目

 紫色に雲が染められて、夜に近づいてくる。


「やはり来たんだな。来ると思った」


 世界樹の祠の前にきた私を待っていたのはセスだった。


「どういうこと?なぜここにいるの?」


「おまえの様子がおかしいと思っていて気になった。雰囲気がまるで別人だ。もしかして……」


 何?と私は薄く笑って見せる。


「オレのためにか?」


 …………はあ?私はポカンとした。思わず口が小さく開いてしまう。


「オレのことを自由にしてくれようとしてるのか?」


「ち、違うわよっ!どこをどう解釈したらそうなるの?」


 この召喚士、大丈夫なの?


「じゃあ、なんでだ?怒ってんのか?」


「怒ってもいないわよ!」


 どうしてこう、とんちんかんなのよ!?この男は?しかも真面目な顔をして言っているから心の底からそう思っているのだろう。


「さっさと部屋に帰って、いつも通り寝てなさいよ」


「それで、オレを遠ざけて、おまえはなにするつもりだ?」


 ……そこだけはしっかり勘が冴えてるのね。まあ、どうせもう終わりだし、良いかと私は世界樹の幹に手を当てた。


「世界樹を破壊するの」


「はあ!?……何言ってるんだ?いや、それでも良いかもしれないが、大罪人だぞ!神殿から逃げ切れるのか?それとも世界樹と心中するつもりか!?おまえが大好きな地位とお金を手に入れたのに!?」


「私が地位とお金をほしかったのは世界樹に怪しまれず近寄るためよ。それに聖女はどうやら世界樹のためではなくて、あなたのためらしいわよ」


「……なるほど。あの大神官長の思惑がわからなくもない」


 悪態をブツブツついている。


「まあ、良いじゃない?私は聖女として崇められて世界樹が朽ちる時に責任取らされて処刑される運命らしいわ。早かれ遅かれなのよ」


「なっ!?なんだよそれ!?誰がそんなことを言ってるんだ!?」


「あなたとは違うの。聖女はいくらでも作れる。良いわね。特別な召喚士のセスは無条件で大事にされてて」


「バカかよ。見せてやろうか?大事な召喚士にあいつらがしていることを」


 どういうこと?と問う前にセスは腕と足首と額を私に見せた。


「特別な召喚士の証だ。どうだ?」


 白く薄く光る……私の額に浮かぶ目のような模様の紋様が……セスには手首、足首、額にある。


「なにそれ……いったい何個あるのよ……まさか……そんな……」


「安々と楽に殺してくれない証だ。神殿から逃げ、背けば、一つずつやられるそうだ。最初は足からだと言われている。術が使える状態であれば良いそうだからな」


 ……なんて残酷なことをするのよ!私は言葉に詰まる。


「世界樹から離れてこっちへ来いよ。破壊はいつでもできる。もし枯れて処刑される時には一緒に死んでやるよ。こんな神殿に繋がれたオレで良ければな。その時、オレも自由になれる」


 いつも眠そうにやる気がなかったのは生きていく意味を見いだせなかったから?自由を奪われて一生このまま神殿にいるセス……。


「世界樹が無くなれば、その゙混乱に乗じてセスは逃げれるんじゃないかしら?」


「で、おまえはどうすんだ?」


「どうでも良いじゃない。やけに私のこと気にするのね」


「おまえに助けられたからな。だから聖女にしたくなかったんだよ!世界樹が枯れたらあのムカツク大神官長の責任をおまえがとることになるってわかってた!」


 助けられ……た?


「覚えてねーの?正しくは助けてくれようとしたんだよな。ラウラがオレを」


「い……いつ……?」


 声が震える。いつ?私がセスに会ったのはいつだった?


「オレが神殿から逃げ出して倒れた時、ラウラは癒やしの力を使ってしまって、見ていた神官に無理やり神殿に連れて行かれた。悪い。オレのせいだ」


 セスだったの!?あの倒れていた男の子は!?

 

「それなのにラウラは必死でオレを治させてくれと叫んでるし……おまえの運命を変えてしまったのはオレだ。神殿に連れて来られて嫌だっただろ」


 一歩ずつセスが近づいてくる。そうだ。あのときの男の子と同じ色の目をしている。じっと私を見る目に惹きつけられ目が離せない。


「こ、来ないで!」


 黒い影の私に触れないで!優しい言葉なんてかけないで!どうかこのまま世界樹と私を一緒にこの世界から消させて!

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