第29話 召喚士のための聖女

 世界樹の幹に触れると少し冷たい。今日も力を送った。


「延命してるようなものね。本当は枯れて朽ちていきたいんでしょう?」


 そっと小さな声でそう呼びかけた。


「長い時をここで過ごし、人々に力を貸し、疲れてるんじゃない?」


 神官達への力の源と言われる。世界樹の存在は神聖で絶対的なものだ。世界樹が無くなれば神殿も終わる。


 ……終わっていいじゃない?なにがだめなの?力を持つ神官達は決して良い人ばかりじゃない。選ばれて神官になるわけじゃない。


 私だってそう。なぜ癒やしの力を世界樹は私にくれたのだろう。くれなければ……あんなことにならなかったかもしれない。


 ……かもしれない。なんて考えることなんて無駄ね。


 私は真面目な聖女の振りをし、儀式的に世界樹に頭を垂れる。そして静かに歩いて行く。


 ふと、足元にモジャコがいた。あの召喚士のものだ………私を見てるの?見張っているのかもしれない。


 無視して、私は去った。もうセスはいらないわ。邪魔なだけよ!


 神殿の廊下を歩いている時、大神官長様のお付きの神官たちがヒソヒソと話をしているのを見つけた。


「聖女なんて、所詮セス様のためのものだろう」


 セスの……?どういうこと?世界樹のためではないの?思わず聞き耳をたてた。


「大神官長様もなかなかの策士だ」


「召喚士をつなぎとめるための道具として聖女を利用しようとしているのだからな」


「癒やしの力がある者はある程度生まれるが、召喚士は稀だからな」


「そうとも知らず、聖女は自分が特別だと思ってる。滑稽だ」


 笑い声がした。


 ……そういうこと。


 セスのための聖女だったわけ?聖女の守護者として存在しろと?たしかにおかしいと思っていた。わざわざ特定の者を一人だけ決めて聖女にする意味がない。癒やしの力を持つ者が定期的に世界樹のところへ行き、力を注げば良いだけのことなのだから。


「そして万が一、世界樹が枯れたら大神官長様のせいではなく、聖女の責任にし、処刑するらしい」


「大神官長様は自分が批判されることを上手く避けるためでもあるってか?一石二鳥だな」


 ……それはうっすらと気づいていた。


 神殿は美しい場所ではない。むしろ人の思惑が行き交う黒くて汚い場所。私が幼い頃いた場所のほうが遥かに、人の心が美しかった気がする。


 大神官長様に呼び出される。


「ラウラ、真面目に仕事をこなしているそうじゃのう?」


「もちろんです」


 薄いベールを被っているため、私の表情は大神官長様にははっきりとはわからないだろう。あんたなんて大嫌いだと心の中で舌を出してやる。


「セスのことを必要ないと遠ざけておるとか?」


「ええ。怠け者の召喚士なんていりません。一人でも十分、こなせます」


「ならぬ。聖女と守護者は共にあるべきじゃ。セスを連れ出せない時は聖女の資格を剥奪する」


「なぜです?」


「問うことは許さぬ」


 私は無言になる。もうわかってるのよ。あなたの思惑なんて!そう叫びたい衝動を抑えた。私の額には大神官長様から刻まれた服従の紋様があるし、まだバレてはいけない。


「わかりました」


 従順なラウラの振りをし、素直にそう答えた。それなら、さっさと事を起こすまでよ。


 さようなら。


 そう大神官長様に心の中で挨拶する。


 混乱に陥れるまでの残り数時間を楽しめばいいわ。あなたのその地位はなんの意味もなさなくなるわ。

 

 その時、この世界はどうなるのかしら?滅びると言われているけれど、本当にそうなのかしら?


 影の中のラウラが待って!ちょっと待って!!と止める。今更、止めるの?もう遅いわ。


 世界樹の゙元へと私は歩いていく。どうやって破壊してあげようかしら?同じように火を放つ?伐り倒す?枯れかけの世界樹なんてたやすく破壊できるわ。


 私は史上最悪の聖女として名を残すだろう。

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