第28話 影が生まれる時
「ここから出して!」
白い部屋の扉をドンドンと何度も叩くが返事はない。変な白い服を着せられ、この部屋に放り込まれた。
怖い。私、どうなっちゃうの?
寒くもないのに、震える小さな痩せた体をギュッと抱える。
なんで、こんなところに連れて来られたの?私が居た場所はどうなっちゃったの?みんなみんな……死んじゃったの?この間、私が病気を治してあげた赤ちゃんも?いつも治してくれてありがとうねと手を撫でてくれたおばあちゃんも?足が痛いんだと言ってたのに私のために小屋を直してくれたおじちゃんも?
そして忠告してくれ、いつもみんなをまとめてくれていたあの子も。たくさんいた私と同じような子どもたちも。みんなみんな?
私たち、なにか悪いことしたの?
涙は出ない。
一粒も流れてこない。
怒りと憎しみのほうが強いせいなのか、なぜか泣けない。
そのうち、ドアが開いた。隙間から逃げようとしたが、何人かの大人に羽交い締めにされた。宙に足が浮いて、バタバタする。
「スラムにいた小汚い子どもが、役にたてることを喜べ」
「サルみたいなやつだな。見ろよ。この暴れよう」
アハハと笑われる。
悔しい。だけど悔し涙すら出ない。
「は、離して!ここから出して!」
神官達が冷たい目をした。
「黙れ。今、大神官長様がいらっしゃる。少し静かにしていろ」
そう言われて口を抑えられた途端に声が出なくなった。言葉を発したいのにパクパクと空気だけが吸い込まれて吐かれていく。
「しばらく喋れないようにした。魚みたいにパクパクと口を動かすのはやめろ。みっともない」
睨みつけたが、まったく効果はない。
大神官長様らしい偉そうな人が来た。老齢なのにやけにがっしりとした体をしていて、穏やかで優しそうなのに目の奥は笑っていない。この人は怖い人だと直感した。
「この子か?」
そうですと神官達が言うと大神官長様は私の額に人差し指で何かを描いていく。ピリッとした痛みが頭に走る。終わると羽交い締めにされていた体が解放された。
私は咄嗟に開いているドアめがけて走る。逃げたい。ここから逃げたい!裸足の足を床につけ走ると、ひんやりとした感触がした。
ドアから出て、廊下を何メートルか走った瞬間だった。頭に激痛が走る。
「……っ!?!?」
思わず足を止め、うずくまる。どんどん痛みは増していく。
「痛い……痛い………っ」
足音もなく大神官長様が私の傍に来ていた。
「神殿に背く者は頭が割れる。どうする?そのまま頭から血を流して死ぬか、忠誠を誓うか。決めよ」
「ち、ちかいます……わたし……だから……」
何かを考えることなんてできない。痛みで朦朧とし、吐き気がする。癒やしの力を自らに使おうとするが、集中できない。心の中は恐怖で埋め尽くされてゆく。
怖い怖い怖い。ここは……なんて怖いところなの。
「逃げないから……おねがい……します……どうか……いたいんで……す……」
痛い痛い痛い。もう許して。
「よろしい。生涯、神殿に尽くせ」
そう言うと、大神官長様はスタスタと何事もなかったように私の横を通り過ぎていく。まだ残る頭の痛みを私は両手で抑えながら、肩で息をする。
「癒やしの力を神殿のために使えるな。良かったな。おまえは一生ここから出られない」
「逃げれば、大神官長様が頭を割る」
「その額を見ろ。これは神官の中でも重要な役割を持つ者だけが与えられる。神殿のために力を使えることを光栄に思え」
鏡を突きつけられ、前髪を掴まれ、見せられる。額に浮かぶ目のような模様の紋様が白く薄く輝き、やがてフッと消えた。
また白い部屋へ戻されて1人になった。もう指一本動かせない。疲れた。痛かった。怖かった。
でも泣けなかった。やはり涙は一粒も出ない。
その時、部屋の隅に黒い炎がブワリと生まれ、中から何か出てきた。それは小さな子どもで、私の姿をしていた。そしてどす黒く笑った。
仰向けに倒れている私に手を伸ばしてきた。頬を撫ぜてくる。
――泣きたいの?今、泣いてもなんにもならないわよ。
そうね。なにも変わらない。
――無くしたものも戻らない。
その通り。
――逃げれば痛みとともに死ぬだけ。
先ほどの痛みを思い出した。怖かった。額が気になる。
――あなたのしてきたことぜーんぶ無くなっちゃったわね。
うん。病気も怪我も治ったのに、みんないなくなっちゃった。
――可哀想なラウラ。私があなたのその悔しさや苦しさ全部もらってあげる。辛いんでしょう?
なんでわかるの?そう。辛いの。私のせいでみんながひどい目にあった。私のせいで全部無くなっちゃったのよ。
――あそこにいた人たち、さぞ苦しんでるでしょうね。あなたのせいで。
……うん。私のせい。
――安心して。いずれ苦しみから解放される時はくるわ。
本当に?
――それまで、この黒い黒い気持ち、私が持っていてあげるわ。
そう言うと、黒い私は私の中へスッと入り込んで消えた。そして私は意識がなくなった。
次に目を開けた時には明るくて神殿に従順なラウラになっていた。
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